2025/12/30

ほめられ仕事

パートでお弁当作りしてます、と人に言うと、すごく反応がいい。

これまで大学でなぞのプロジェクトで働いたりしてきたので、職名を言った後に、仕事内容を補足で説明しないと伝わらず、説明を終えても「はあ…(頭の上にはてなマーク)」みたいな反応しかもらえなかったのが、「イオンに入ってるテナントでお弁当とかお惣菜作ってます」というと、すぐに「すごいね」とか「面白そう」とか言ってもらえるし、仕事内容も伝えやすく、それこそタクシーの運転手さんとでもひと盛り上がりできる。
お弁当作りって、ほめられ仕事なのだなあ、と思う。

とは言え、実際の仕事では、ほめられどころか「叱られ」ばかり。
学生時代の多種多様なバイトから直近の仕事まで振り返ってみても、ダントツいちばん叱られている。
ミスや物忘れがなかなか減らず、いまだに一日一度は叱られて、もはや何を注意されても、はい!すみません!で、落ち込みもせずにすぐ次の作業に取り掛かれるくらいに成長した。
50を過ぎてこんなに叱られるものかとむしろ楽しくなってくるし、「最近仕事が早くなってきたから、次は一つ一つの作業のクオリティを上げようね」と、10歳下の超しごできボスに言われて、ほわわんとノボせる自分もおもしろい。

クリスマスと年末年始は、通常作業にオードブル製作が加わっててんやわんやになる、と聞いていて、覚悟して迎えたクリスマスイブ。
写真では完成形の見本を見ていたけど、実際にオードブル容器に並べるのは初めてで、ボスに教わりながらパーツを埋めていく。

へえ、このカボチャサラダは○○さんの手作りですか?あ、これが美味しいと噂のスパイシーチキンですね!え、このカップサラダ、量多すぎじゃないですか?わあ、真ん中がフルーツなんですね~!

キャーキャー騒ぎながら作っているうちに、自分でも食べたくなって、店売り用オードブル1人前を販売の人に頼んで取り置きしてもらった(ちなみに店売り分は午前中で完売)。
自分で食べてもおいしいものを作って売れるなんて、なんか幸せだなあ、と思う。

や、オードブル作るの不安だったけど、楽しいです!大晦日(私は6時半~14時半勤務)もけっこう楽しみかも、と言ったら、大晦日はクリスマスよりもずっと忙しいらしく、ボスは「ま、当日はそんなこと言ってられないと思いますけどね」とニヤリと笑う。

ところでこの超しごできボス、彼女の声が、私のかつてのルームメイトにそっくりなのだ。

当時、3人で暮らしていた家では、他のふたりが料理好き、私はてきとうに手伝いながら、基本的には味見専門だったので、だから料理の腕が伸びなかったんだよな、と今のパートを始めてから思い知った。
とくにそのルームメイトは、お母さんが料理教室の先生ということもあり、料理のセンスもあったし、いわゆるグルメな人で、彼女のいる名古屋に遊びに行くと、いつもステキに美味しいレストランに連れて行ってくれる。
超しごできボスもルームメイトとちょうど同じくらいの身長(ミニサイズ)だし、声質だけでなく、言葉の勢いとか、メンタリティも似ている。
10回批判して1回ほめる、くらいの割合もそっくりで、だから叱られても、私はちょっとだけ懐かしく、うれしかったりするのである。


人手不足で助っ人に来た社長(私と同い年)に、
写真をSNSとかに載せてもいいですか?と聞いたら
「いいよ!どんどん載せちゃって~」とのことだったので。
大晦日はチキンがポークに変更になるらしい


ヘンゼルの月夜の森の小石かな背子が洗ひしパスタ皿二枚



2025/12/28

ゴッド・タクシー、あるいは初めての伝道

とある日曜日。
ミサの受付当番で、8時には教会に行かねばならなかった。
でも、あれこれしていたら時間ギリギリで、ええい仕方ないと大きな通りに出て、タクシーをつかまえることにした。

ところが、なかなかタクシーが通らず、やっと見つけてもお客さんが乗車中、というのを何度か繰り返し、もしやタクシーでも間に合わなくなるかも、と思ったあたりで、やっと空車タクシーが止まってくれた。

行き先を告げた後、運転手さんに「なかなかタクシーが来なかったので、よかったです」と言ったところから、会話が始まった。

運転手さん:最近、タクシーの台数が減っているんですよね。
私:へえ、どうしてですか?
運:再雇用で70歳まで働いた人たちがちょうど退職する時期なんですけど、そこがボリュームゾーンですからね。あと、今の時間帯は、夜勤と日勤の運転手が交代する時間帯だから、あまり走ってなかったのかもしれないですね。
私:なるほどー、そっか、そうなんですね~。

タクシーが見つかった安心と嬉しさで、ちょっとオーバーリアクション気味な私と、それに気をよくした運転手さんの会話は続く。

運:お客さんの方の景気はどうですか?お仕事、何されてるんです?
私:お弁当作りしてるんですけど、日によってけっこう違いますねー。
運:へえ、お弁当作りですか。
私:はい、始めて半年くらいなんですけど、けっこう大変で、最初は8時間勤務のシフトだったけど、今は6時間に減らしたりとかしてるんです。
運:あれですか、体力の限界っ、てやつですか。
私:はは、千代の富士ね。
運:そうそう、わかってますねー。
私:私、51歳だし、バリバリわかります。
運:お客さん、51歳ですか。私と10歳違いですね。
私:というと、60歳…あ、いや、40歳ですか?
運:いやいや、「40歳」のほうを先に言わなくちゃ!
私:すみません(笑)
運:あの、お子さんはいるんですか?
私:(出た、ザ・昭和クエスチョン!)えっと、いません。
運:え、いないんですか?お客さん、元気だからいるかと思ったよ。
私:いやいやいやいや、どういうことですか?子供いなかったら元気がない、とでも?子供いなくても元気です!(笑)
運:(笑)

運転手さんの口調がどんどんくだけてきて、話の流れで私の仕事場とかお店の名前も教えたりして、車内がほぼススキノのスナックになったあたりで、教会に到着。

私:門の中には入らなくて大丈夫なので、信号越えたところで止めてください。
運:はい…あのー、教会っていうことはもしかしてお客さんも…?
私:あ、はい、クリスチャンです。
運:はー、そうですか。
私:こんど教会に遊びに来てください(笑)
運:いや、私は違うんで…
私:信者じゃなくても入れるんですよ。
運:え、そうなんですか。
私:はい、ぜひ今度どうぞー(にっこり)
運:…あの、お客さんのお名前は?
私:…はい?私の?私の名前を言うんですか?(にわかに不審感)
運:あれですよね、キリスト教の名前、ありますよね。
私:え?…ああ!なんだ、クリスチャンネームですか?(ホッ、よかった)…○○です。

運転手さんは、はー、○○ですか~、と反芻していたけど、あれはきっと源氏名みたいなノリで受け止められたんだろうな。
私は私で、タクシー代金1300円のところ、お釣りは結構です、と1500円を渡しつつ、なんとなく献金するような気持ちになる。

教会に到着したら、集合時間は8時ではなく8時半で、つまり私はタクシーに乗る必要は全然なかったのだけれど、これもきっと、タクシーの運転手さんに伝道せよ、という神の思し召しだったのであろう。
この運転手さんが教会に来て、私にご指名が入ったら伝道成功だな、と思う私であった。


夫の実家の本棚からもらってきた聖書コミック



ゆらりゆらり雪降る灰の水曜日VAPEの薫りをたどりてミサへ


2025/12/24

歌は二倍の祈り

カトリック教会のミサでは『聖書と典礼』という小さなパンフレットが配られる。
前号の『聖書と典礼』のコラムに「歌う者は、二倍の祈りをする」という格言が紹介されていた。
その格言の元ネタはアウグスティヌスの聖書注解で、文字通りの引用ではないものの、「<歌によって祈りが二倍になる>という発想はアウグスティヌスの思想を見事に発展させた」とされる(『聖書と典礼』2025年12月21日、7頁)。

「倍音」に興味を持って、ミサで歌うのがますます楽しくなっていたところ、祈りが二倍というのはステキにお得だなー、と思う。

その日のミサの後、アルゼンチン出身の学生から、彼女が好きだというクリスチャン歌手を教えてもらった。
彼女の地元では、ミサには老若男女がもっとたくさん集まり、音楽もギター伴奏があったりだいぶノリノリなのだという。

家に帰って、さっそく教えてもらった歌手を検索してみた。


二倍どころか10倍、100倍くらいの祈りになりそうな歌声で、たちまちお気に入りになる。

『聖書と典礼』のコラムの最後には「今年は新たに聖歌を一つだけでも学んでみては」、「すでに知っている聖歌を自分の好きな外国語で歌ってみるのもいい」とあり、なるほど、たしかにいいかも、と思う。
もっかお気に入りの『希望の巡礼者』を、ドイツ語英語・まだ勉強を始めてもいない韓国語でも覚えられたらと思いながら、いっしょに歌いたい人たちの顔を思い浮かべている。



交差する昨日と今日のわたしたちライブカメラのクリスマスの木


2025/12/22

倍音は宇宙に届く

先日ヨガのワークショップに参加したら、先生が最後にマントラではなく「倍音」を唱えて(歌って?)くれて、それがものすごくよかった。

私は長年ヨガをしてきたけれど、少し前にヨガができなくなった時期があり(こちら参照)、そのきっかけのひとつが実はマントラだった。

たとえばアシュタンガヨガでは、最初と最後に決まったマントラがあり、レッスンの時には、先生の後についてマントラを唱えることになりがちだ。
私もしばらくは何も考えずに真似して唱えたりしていたけど、その後、そのマントラの内容が、アシュタンガヨガの開祖とされるパタンジャリへの崇拝を表すことに躓いた。
意味の分からない「呪文」なら唱えられても、意味を知ったうえで、その言葉を「祈り」として発する、それが私にはだんだん無理になっていったのだ。

そういう経緯があっての「倍音」だったので、わ、マントラじゃないんだ!という驚きと嬉しさがあいまって、レッスン後、先生に「倍音がむちゃくちゃよかったですー」と伝えた。
先生のレッスンのひとつのベースは「クリパルヨガ」で、アメリカで展開された流派なので、マントラはほとんど唱えないとのこと、この本いいですよ!と倍音の本も何冊か教えてもらった。

さっそく教わった本を図書館に予約して、さらにYoutubeも検索してみたら、いい動画が見つかった。


この動画のゆみ先生が、倍音で歌うコツとして、「聞こえてくる音を意識してはダメ」、「宇宙の彼方に見えるキラキラした星を捕まえに行くような気持ちで」声を出す、という師匠のことばを引用しているのが印象的だった。

そうか、それなら倍音の祈りは、もしかして宇宙の彼方に届くのかもしれない。

そして思いたった私は、ひさしぶりの一人カラオケで、倍音を意識したりしなかったりしつつ、imaseくんや体育さんを思うぞんぶん歌い、2時間たっぷり満喫したのだった。

※こちらの動画もわかりやすくて面白い。




※現在、恒例のYOGAWeek開催中、私がレッスンを受けているうおざき先生のレッスンも無料で受講できるので、よかったら(ぜひぜひ!)。



今年のクリスマス飾り。
左上の写真は別名「ゴーストの羽」、「天使の羽」ともいうらしい



朝七時誰も彼もが頬赤らめて何処かへ向かう冬が始まる



2025/12/21

[速報]「日出処の天子」が札幌に![先行予約は本日12/21まで](12/22&12/27追記アリ)

たまたまニュースを見かけて、うぎゃー!となり、友人たちに手あたり次第LINEして、それでも高ぶる気持ちが収まらず、ここに投稿します。

能狂言『日出処の天子』が札幌に来ます!!!




東京の追加公演に落選してがっかりしていたところに、このニュース!
しかも先行予約は本日12月21日23時59分まで!

あわてて申し込みサイトを開き、チケットは第4希望まで申し込めるので、とりあえず上から順番に2枚ずつポチり、申し込み完了画面もスクショしてLINEに転送、そのあとチケット概要の小さな文字を詳しく見てみると、なんと…

札幌公演は終演後にアフタートークがございます。
登壇者:山岸凉子、大槻文藏、野村萬斎、茂山逸平、大槻裕一


や、や、やばすぎるーーー!!!


 【12/22 追記】
ウポポイ開業5周年で玉三郎も来る!リアル国宝!無料(ウポポイ入場料のみ)!
「ウケㇱコㇿ~紡がれるアイヌ伝統芸能と歌舞伎~」
申し込みフォームはこちら

【12/27 追記】
日出処のチケット、第2希望のS席が当たりました!!!


2025/12/19

季節と私

今年の札幌は冬が来るのが早くて、ダウンのフードにファーを装着した最終形態で雪道をすり足しつつ歩く毎日。
それでも、私は冬が好きだし、大雪が大好きだ。

ある日の帰り道、最近の自分を振り返って考えた。

もともと私は気分の浮き沈みがあったのだけれど、ここしばらくそのアップダウンが顕著で、生活に、というよりも人生に支障をきたしていた。
自分なりにいろいろ調べ、病院やカウンセリングに行ってみたりして、それでもやっぱり浮き沈みを繰り返し、周りに迷惑をかけ、いよいよどうにかしなければ、と思っていた。

少し前、鬱からようやく這い上がったタイミングで、雪と氷に覆われた道をそろそろと歩きながら、ああでも私は冬が好きだな、と思ったときにふと、私の浮き沈みは、いわば季節の移り変わりなのかもしれない、と気がついた。

私はずっと「気分が安定している人」に憧れていたけれど、それはもしかして「常春の国」や「常夏のリゾート」に憧れる気持ちと同じなのかもしれない。

ハワイに別荘を持つ友人が、クーラーもヒーターもいらないのよ、と言っているのを聞いて驚愕したことがある。
そんな土地に一度行ってみたいなと思うし、それこそ別荘ならぜひ欲しいくらい。

でも、そこに定住したいか、と聞かれれば、否と即答する。
盛岡から札幌に北上した私にとって、冬と雪のない土地の暮らしは、ハイジにとってのフランクフルトと同じで、白パンを机の引き出しに詰めたくなるくらい落ち着かない。
相模原に住んでいた2年間は、冬も自転車に乗れるのが新鮮だったけれど、2年目にはそのメリットもどうでもよくなるほど、雪に埋もれる札幌の冬が恋しかった。

春や夏が上がってるときの私だとすると、下がって沈む私は、秋と冬なのだ。
それぞれの季節にそれぞれの厳しさと美しさがあって、早く過ぎてほしいとかずっと続いてほしいとか思ったり言ったりしても、早送りも一時停止もなく、淡々と一定の速度で季節は移り変わる。
それは誰にも止められないし、この地で(この世で)暮らす限りどうしようもないことだ。

それでも、季節の移り変わりは止められなくても、それぞれの季節に合わせて服装を変えたり、過ごし方を調整したりすることはできる。
そんなふうに私の気分の浮き沈みを考えればいいのではないか。

そして、そうか、もしやこれが「自分を受け入れる」ということか、と思ったのである。

ドイツのケーキミックス、焼いてみた



泣いていた僕らをやがて思い出す雪ふりつもる新たな冬に


2025/11/01

逞しく美しく暮らす

友人に教えてもらったYouTubeチャンネルがとても良くて、最近よく観ている。

ずいぶん有名なチャンネルらしい。
少女のような美しい女性が農村で祖母と暮らす、その暮らしを切り取るような映像は、たぶん私の言葉で説明するよりも、いくつか動画を観たほうが早いだろう。


彼女の手から作り出される食事や調度品、華やかな衣装や装飾は、どれもため息が出るほど美しく、なにより、それらを黙々と生み出していく彼女自身が美しい。
自然豊かな農村での暮らしに、逞しさと美しさがあふれている。

(大好きなあの歌とともに)

私がお弁当とお惣菜づくりのパートを始めてから、4か月が過ぎた。
火傷や腱鞘炎を乗り越えた私の手も、ひと回り逞しくなったような気がする。

朝早くに出勤して、炊きあがったごはんを大きな容器に移したら、スチーム、揚げ物、オーブン、材料切りを同時に進める。
ひと通り準備が整えば、お弁当とお惣菜をそれぞれの容器につめていく。
お弁当とお惣菜をすべて出し終えるのがお昼頃、そのまま休みなく翌日の準備が始まる。
たくさんの野菜を必要な数だけ数えながら切り、スチーム、ボイル、翌日のスチームとオーブン用の材料も並べ、ザンギを仕込んだり、フライヤーを掃除したり。
休む間もないトライアスロンのような立ち仕事、それにもやっと慣れてきた。

パート先の上司の女性は、ほれぼれするような段取りとスピードのひとで、そういえば、農村で暮らすYouTubeの彼女に、どこか通じるものがある。
その逞しさと美しさに、私は憧れる。

ちょうど1年前、わがやの庭(のような知事公館の庭園)



街路樹は十月最後の木曜日凍えるほどに美しくなり


2025/10/22

囲碁のある生活

最近、囲碁をしている。

夫が囲碁好きなので、わが家には碁盤も碁石もそれなりにいいものがある。
実は以前、私も初歩的なルールを覚えてはみたけれど、今ひとつハマれなくて、素敵な囲碁セットも、長らく私たちの生活を静かに彩るオブジェと化していた。

そんな私が、とあるきっかけで、夫と囲碁をするようになった。
夕食後にニュースやドラマを観るいつもの流れに「囲碁をする」が加わり、生活はたしかにバージョンアップしたのである。

ミニサイズ(9路盤)の碁盤でもっかハンデは石4つ、自主練用に囲碁サイト問題集アプリを使い始めたら、これまたずいぶん楽しい。
囲碁をしていなくてもふとした場や空間にそっと碁石を置きたくなったりして、私の認識・認知が変化しつつあるのを感じている。


江戸時代の龍、いろいろ動かせるらしい


榧香る碁盤のごとき人生哉その眼差しの那智黒の艶


2025/08/01

バーバパパが金色になる日

ひさびさの彫金教室、今回は「アルミのアイスクリームスプーン作り」である。
パートの休みがちょうど重なったので、アルミという素材にとくに思い入れはなかったけれど、とりあえず申し込んでみた。

当日、家を出る直前に思いたって老眼鏡をかばんに突っ込み、時間ギリギリで教室に到着。
(ちなみにこの老眼鏡、最近買った人生初の度入りメガネで、たまにかけてみては「メガネをかけるとよく見える」を新鮮に味わっている。)

ひさしぶりの作業台に座り、糸鋸でぶ厚めのアルミ板を切り抜くところからスタート。
先生の見本はあるが好きなデザインでOKとのこと、見本スプーンをベースに、持ち手長めなデザインに決める。

今回も、鋸は押して切る?引いて切る?を思い出すところからスタート。
汗だくになって切り抜いてみたけれど、出来上がってみれば、どこか歪んだかたち。
これは…バーバパパだ!

バーバパパをスプーンに変身させるべく、叩いてのばして整形し、持ち手部分は先生にたっぷり手伝ってもらうと、先生のかっちりした仕上げと、私のゆるい立ち上がりが相まって、これまたバーバパパみを増す、すてきなアシメントリーのスプーンが出来上がった。

右:切り抜き後のバーバパパ
左:右側の先生仕上げのキレに対して、左はゆるく仕上げました(わざと!)

作業の合間に先生たちとおしゃべりしていて、そういえばアルミのアクセサリーがないのはどうして?と聞いたら、「安っぽいイメージのせいでマイナーだけどアルミのアクセサリーもあるんだよ」とのこと。
さらに、金は最近ますます高騰してるけど昔はもっと安かった、という話にもなる。

アルミニウムもアクセサリーとしてアリだし、大好きな真鍮と組み合わせても楽しそう。
それに、いっときは金よりも高価だったという話もおもしろい。
そんなことを思っていた矢先、核融合の副産物として金を生成する技術が開発されたというニュースが飛び込んできた。
(とりあえず専門っぽいリンクを貼っておきます)

このニュース、現代の知的世界に錬金術を翻訳したユングの生誕150年を記念する2025年に、まさにうってつけの話題ではないか。
私ではとてもその含蓄を説明しきれないけれど、さしあたりの感想としては、今は高すぎて彫金あそびできない金も、もう少し待てば手の届く素材になるのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、アルケミストの血が静かに騒ぐのであった。

※彫金の先生のブログ

※先生のインスタグラムはこちら
写真左上が私のバーバパパ、2ページ目の動画は私on老眼鏡(笑)




可惜夜(あたらよ)にバニラアイスをひとすくいアルミニウムを伝う冷たさ


2025/07/17

お酒のない日々

きっかけは四旬節だった。

四旬節(受難節、レント)とは、「灰の水曜日」から復活祭までの期間を指す。
私が初めてこの期間を認知したのはドイツ留学中、タンデムパートナー(Sprachzwillinge「言葉の双子」。お互いの学習言語、私の場合はドイツ語/日本語の学習パートナー)として週1回カフェでお茶していたBさんが、プロテスタント教会のキャンペーン「7 Wochen Ohne(英訳すれば7 Weeks Without、「7週間〇〇無しで」の意。四旬節(7週間)の期間に何かを我慢するチャレンジ)」を教えてくれて、Bさんが断食をしている話で盛り上がった。
このとき、四旬節は何かを我慢する期間として、私のなかに刷り込まれたのである。

それから、断食も四旬節の我慢も、結局することはないままに、20年経ってしまった。
そんな私が、今年の四旬節、いや、正確に言えば四旬節の少し前から禁酒をしたのだ。
というのも、四旬節の2週間前のとある飲み会で、ひさしぶりに初対面のひとたちと飲み、ひさしぶりに飲み過ぎて、ひさしぶりどころか、未だかつてないレベルで酔っぱらい…
端的に言えば、お酒は当面控えますと夫に宣言(=謝罪)して、そのまま四旬節に突入したのだった。

そもそも20年前、私がドイツに留学すると言ったら、友人たちは「ビールを飲みに行くんでしょ」と納得したほどビール党の私。
さすがに最近は量が減ったとは言え、日々の晩酌で缶ビール1、2本は普通だった。
2年半前に聴神経腫瘍の手術をした時も、入院前日は夫と病院近くのロイヤルホストでビールと赤ワインを飲み、1ヶ月の入院を経た退院時、飛行機に乗れずJRで1泊2日かけて札幌に戻る際には、宿泊した函館のホテルでひとりサッポロクラシックを空けた。
だから、1ヶ月以上の禁酒はほぼ記憶になく、もしかして飲酒人生で初めてかもしれない。

結論から言うと、四旬節の7週間の禁酒はできたし、しかも、自分でも意外なほどすんなりとできた。
前半は、飲みすぎやらかしの反省の勢いで突っ走ったから問題なし(?)として、後半、さすがにちょっと飲みたいかもと思ったところで、秘密兵器を投入したのも勝因だと思う。
それが、ノンアルコールワイン「カール・ユング(Carl Jung)」だ。

このカール・ユングのワイン、ユンギアンの夫が最初に見つけて、ちょうどいい機会なのでお試ししてみたら、これがびっくりするほどワインで、飲むうちにちょっと酔っぱらったかも、なんなら翌日にじゃっかん二日酔いになったかも?と思うほど。
ちなみに「ビールは苦いからキライ」な夫曰く、カール・ユングの赤ワインは「あまりにもジュース」だけど、スパークリングワインは「かなりいい」とのこと。

そういうわけで、ぶじに四旬節を乗り切って、復活祭にはひさしぶりのビール。
これは毎年の恒例にしてもいいかもしれない、と思ったのだった。

その後は晩酌を再開していたのだけど、最近パートを始め、慣れない仕事でちょっと不安もあったので、仕事がある日の前日はお酒を飲まないようにしていた。
それで、ついに禁断のノンアルビールに手を出してしまった。

ここで告白すると、ビール好きの私としては「発泡酒」や「第三のビール」の類はもちろんのこと、ドイツの「ビール純粋令(Reinheitsgebot)」に準拠していない、すなわち「麦芽・ホップ・水・酵母のみを原料」としていないビールはおしなべて邪道、と思っている。

【注:以下、名もなきビール原理主義者による個人的意見です】
飲み会の場所を自分で予約するときは、かならずビールの銘柄を確認するし、他の人が予約する時も、どこがいい?と聞かれれば「ビールが飲めるところ」と答え、もし気心が知れた人なら「ヱビスか一番搾りかモルツがあるところ(瓶があれば最高)」と付け加える。
そして実は、自分では絶対に予約せず、他の人が予約したら最高にがっかりなのが、ビールが「アサヒスーパードライ」一択、というお店なのだ。
(悲しいことに、そういうお店はけっこう多い。純粋令に準じていないラガーとか黒ラベルとかでもいいから、せめて選択肢はあってほしい。)
凍らせたジョッキにスーパードライ、なんて、ビールに対する冒瀆以外の何物でもない!と本気で思っている。

そんな私が、先日のミサの後、はじめて教会の中庭でのバーベキューに参加し、スーパードライとほぼ同じ見た目の「アサヒドライゼロ」を飲んでみて、驚いた。
これ、(ビールの方の)スーパードライじゃん!

少し前に、別銘柄のノンアルビールは飲んだことがあって、その時はまあビールテイストの炭酸飲料と思えば飲めるかもね、と思ったのだけれど、それと比べてドライゼロは、純粋令基準には到底及ばないとしても、それでもかなりビールに近い。
例えて言うなら、ビールを頼んでスーパードライが出てきたら怒るけど、ノンアルビールを頼んでドライゼロが出てきたら喜んじゃう、というくらい。

パートにも慣れてきて、そろそろ前日禁酒縛りはなくてもいいかな、という気もする。
でも、カール・ユングのワインとドライゼロがあれば、禁酒を意識せずにやり過ごせそう、と思う今日この頃である。


ある日の仕事の成果



夏色のキュロット座席と同化して北広島行き途中下車す


2025/06/25

名前のある日々

imaseくんコンサートの2日前、うれし&楽しみすぎて、スクショした電子チケットとともに、こんなLINEを妹に送った。

ーーー
ところで、imaseくんの新曲、名前のない日々がむちゃくちゃ刺さります。これ、私の歌だわ。imaseくんが私の人生を見て、作って、歌ってるんだわ・・・  

ちなみに、歌詞の最後が
愛しき日よ
理由のないこの日に
名前を付けてしまった

なんだけど、この名前も分かるの、私。なんて言う名前か?それはね・・・

「更年期」
もしくは、
「中年の危機」
imaseくん風に言うなら、
「ミッドライフ★クライシス」
ーーー 

その2日後、コンサートで天使のようなナマimaseくんがこの歌をうたうのを聴いて、あれ、もしかしてこれは更年期の歌じゃないかも…?と気づいてしまったけど、コンサートの終わり近くでimaseくんがステージから下りてきて、まさに天使降臨!で、私のたわごとも天に昇っていくようだった。

希望という名の君




偶然は君につながり祝福を宇宙が歌うハッピーバースデー



2025/06/20

Deus caritas est

自分が回心したり悟ったりすることが、ずっと恐かった。
回心とか悟るとか、他人事なら面白いけど、自分に起こったら、困るしイヤだ。
だって、あっちに行っちゃったら、こっちに戻ってこれなくなりそう。
そう思っていた。

でも、回心したり悟ったりしても、あっちに行きっぱなしになるんじゃなくて、こっちに戻ってくることもできるし、あっちに行ったりこっちに戻ったり、さらには、あっちでもこっちでもないどこかに行ったり、もっと言えば、あちらこちらどこにだろうと、自在に行き来することもできるはず。

そんなふうに私の回心・悟り観が変わったきっかけは、ふたつある。

最初のきっかけは、ドイツ留学中のフィールドワーク授業だった。
学生が自らテーマを設定して実際にインタビューを行うという授業で、私たちのグループは「なぜ現代の女性が修道女になるのか?」をテーマに選んだ。
私は夏休みに帰国したタイミングで、近郊の修道院で働くドイツ人シスターに連絡を取り、ドイツ語でインタビューを実施した。

唐突な依頼にもかかわらず、シスターはとても丁寧に応じてくれた。
インタビューの前は私も(たぶん彼女も)緊張していたけれど、話し始めると一気にうちとけた記憶がある。

パソコンの奥に眠っていた当時の記録によると、インタビューは2時間12分に及び、「インタビューに応じた女性は、とても熱心に、エネルギッシュに、そして流暢に話した。彼女は私から目を離さなかった。インタビューは、最初は少し緊張していたが、和やかな雰囲気で行われた」(DeepL訳)。

私を見つめるシスターの大きな目、それはたしかに印象に残っている。
「インタビューの後、彼女はお茶と手作りのケーキを差し出し、日本語で話し始めた」ことはすっかり忘れていたけど、「暑い日で日差しが強かったが、彼女は気にしなかった。対談が終わってから気がつき、カーテンを引いた」とのくだりでふいに情景がよみがえる。
そうそう、あの部屋でシスターの向かい側に座っていた私には、逆光がやたらに眩しかったのだ。

「なぜ現代の女性が修道女になるのか?」の問い(リサーチクエスチョン)に対する答えは、報告レポートの末尾に一文でまとめられていた。

修道院に入るという決断は、社会人としての生活と信仰生活を一体化させるために、徐々に、そして逸脱することなく行われる。

修道女になる決断が、劇的な回心によるのではなく日常の中で「徐々に」なされるものだという結論は、私のグループ全体の結論でもあり、その後も折りに触れて思い出したり、人に語ったりしてきた。
(インタビューから20年を経た今の私には、結論の前半にある「社会人としての生活と信仰生活を一体化させるために」というフレーズも同じくらい重みがある。)

回心・悟りに対する考えが変わったもう一つのきっかけは、トルストイの『アンナ・カレーニナ』だ。
10年前の秋から冬にかけて、離婚直後のしんどい時期に、私は、この長い物語を生きるアンナとリョーヴィンの姿に自分を重ねていた。

『アンナ・カレーニナ』読了後、当時のブログにこんな感想を書いた。

長い物語だったけれど、アンナさんとリョーヴィン君のそれぞれに痛いキャラクターにやきもきしたり、時代の雰囲気やまわりの登場人物たちにつられて、もちろん翻訳の読みやすさにも助けられて、どんどん読み進められた。
メロドラマ風な場面ではなんか大げさだしいちいち大変そうと思ったり、政治的な場面ではリョーヴィン君に負けず劣らず退屈したりもした。
でも、テンポある場面転換に救われつつ先へとむかえば、アンナさんの自問自答が病的かつ悲劇的なスパイラルで猛進する一方で、リョーヴィン君の愚直なまでの問いは悟りへ、しかもごく地に足のついた悟りへと収斂していく、そのコントラストがあまりに鮮烈なクライマックス。

タイトルだけは知っていたけれど、物語の筋はほとんど知らず、文庫本の裏表紙の短い解説も読まずにいたぶん(とくに第4 巻の裏表紙は読まなくて正解)、物語はまさにわたしの目の前で繰り広げられ、悲劇も悟りもありありと体験することができた。
悲劇には悲劇なりの、悟りには悟りなりの理由があって、アンナさんとリョーヴィン君それぞれの思想と行動の結果として描かれている、とわたしは思った。
なぜこのふたりが並べて物語られるのかが、最後まで読んでわかったような気がする。

ここに記したリョーヴィンの「地に足のついた悟り」に、たぶん私は憧れを感じていたのだろう。
そんな悟り、そんな回心が、私にも起こればいいなと、はっきりと言語化してはいなかったかもしれないけれど、でも、そういう悟り・回心ならば良きものだ、と思うようになったのは確かだ。

同じ頃の日記に、私はこんなことを書いている。

夜8時20分。カゼがたぶん治りかけだと信じて、ビールを2本、それから甘いパンとケーキにワイン、(…)BBCの数学者の特番をみながら。

カントール、ボルツマン、ゲーデルとチューリング。数学者たちが命を燃やして得ようとした真理と、それを言葉にして伝えることの、とてつもない断絶をおもう。言葉にしなければ伝わらないのだけれど、言葉にできることを超えた何かが彼らを人間の世界から追いやった、としか思えない。確実性、それにたどり着けないということ、その事実を受け入れられないという思い。彼らにはあり、それはもしかしたら私たちの時代の特徴であり、そしてひょっとすると、どの時代にも存在していたのかもしれない、その図式。

今日のアルコールは、なげやりな気分からではなく、そろそろ回復へのジャンプができるような気がして、そのジャンプへのエネルギーを補給するため。私自身の地殻変動を受け入れる、そのために。

誰も答えを与えてはくれない。どんな定式も真理も答えではない。それはヒントであり手掛かりであり、それ以上ではない。どんな定式や真理も、そこに言葉が、文脈と意味と意義が、与えられなければ、命を持たない。文脈と意味と意義を与えるのはそのつどの自分であり、そこで与えられるのは「私」の命に他ならない。

シスター、アンナとリョーヴィン、数学者たち、そして彼らに出会ってきた私。
まるで点と点がつながって、今ここに至る道が見えるようだ。
自分の予言が実現する、いわゆる「予言の自己成就」あるいは「引き寄せの法則」、いや、もっとシンプルに「求めよ、さらば与えられん」。
私はそれを身をもって知ったのかもしれない。


amoreの片割れ




気がつけば愛はいつもそばにあり白いマグには歌うamore


2025/06/15

新しい歌

歌を聴きたくなる時と、ぜんぜん聴く気になれない時がある。

端的に言うならば、調子がいい時と悪い時ということになるのだろうけど、どちらの時にもそれぞれのよし悪しがあって、どちらかだけがいいとか悪いとかいうわけではない、ということが、齢五十にしてようやく分かってきた。

imaseくんの歌すら聴かずに過ごした2ヶ月あまりを経て、ようやく音楽が聴きたくなった。
歌なし期間にAmazon Music Unlimitedも解約してしまったので、YouTubeでimaseくんのMVプレイリストを聴くことにする。
そしたら、1曲めがユーミンとのデュエット(!)で、びっくりした。


鬱々としていた高校生のある時期、たしか「リフレインが叫んでる」あたりがきっかけで、ユーミンばかり聴いていたことがあった。
そして、「守ってあげたい」と「やさしさに包まれたなら」が私の心の歌になった。

だから、そうか、もしかして今この時のために、私はあの頃ユーミンを聴いていたのかな、と思ってしまった。

ところで、音楽が聴けなかった間はヨガも休んだのだけれど、その前しばらくは、お祈り+ヨガのヨガ道に励んでいた。
教会の祈り』には、聖書から引用された祈りの言葉にかなりの頻度で「歌」が登場して、「新しい歌を神に歌おう」的なフレーズが、なんかいいなと思っていた。
こちらのサイトによると、「新しい歌を主に歌え」は聖書に9回登場するらしい。)

何年前だったろう、鳥の歌を研究しつつ人間の言語の起源に迫る研究者、岡ノ谷一夫さんの文章を楽しく読んだことを思い出す。
人間は話すよりも前に歌った、言語は話し出されたのではなく、歌い出されたのだ、みたいな言葉に、そうか、そうなのか、と、けっこう洗脳?扇動?されてしまった。
こちらは24年前の記事だけど、いま読んでも、やっぱり面白い。

・・・というわけで、imaseくんである。

たくさんの「新しい歌」を聴きながら、そういえばimaseくん、もうすぐ札幌でコンサートだよな、と、ふと気づいた。
チケットはたぶんもう売り切れてるだろうけど、と思いつつチェックすると、な、な、なんと、まだチケットが買えるではないか。
しかもコンサートは、私の誕生日の前日・19時開始なのだ。
ユダヤ・キリスト教的には夕方から一日が始まるのだから、これはもう私の誕生日をお祝いするために、imaseくんが札幌に来て歌ってくれるんだ、と思うしかない。

数日前、「誕生日のプレゼント何がいい?」と夫に聞かれて「別にいらないよー」と答えたけど、こうなったらプレゼント権の放棄を撤回し、堂々と権利行使すべしと決意、最大限の甘い声でおねだりする。
いちおう「一緒に行く?」と確認して、「いや、一瞬考えたけど、僕はいいや」「うん、そうだよね、私もひとりのほうがいいし」というやりとりを挟んで、ぶじにチケットを確保。

はー、どうしよう、と、いろんな意味でいまからドキドキしている。

とにかく予習、と思って、imaseくんとユーミンの「プレミアム対談」も観てみた。
いや、これはもはや何と言うか、神々の対談、だ。
尊い、ってこういうときに使うんだ、とわかった。





同時性ネットラジオが担保して時差九時間で聴くラブソング 


2025/04/01

月礼拝、はじめました

ヨガは私の生活のひとつの要、ではあるのだけど、なんやかんやで朝ヨガができないこともしばしばあって、1週間とか2週間とかお休みすることもある。
でも、最近はあわてずさわがず、まあ、またできるようになるさとクールに構え、じっさい時が来れば何食わぬ顔で、ふたたび朝のお祈り+ヨガセットを粛々と続けるのだ。

ぎゃくに、ふだんヨガは朝のみなのだけれど、夜もなんとなくしたいなーという気分になることもある。
わがやの寝室は狭いので、ベッドの上で座り&寝ポーズのみ、というのがこれまでの夜ヨガだったけれど、先日ふと、「月礼拝」をやってみようかな、と思いついた。

「太陽礼拝」というシークエンス(いろいろなポーズの組み合わせ)は有名で、その名の通り、太陽の昇る朝にやるとすっきりする。
それに対して「月礼拝」の知名度は高くなく、わたしもレッスンで2、3回練習したことがあるくらいだ。

さっそくYoutubeで探してみたら、夏未先生の「月礼拝ヨガ初心者用」を見つけた。


この夏未先生、以前、LINE登録でプレゼント動画をもらって、入院中の朝ヨガではその動画にずっとお世話になったので、なんだかおひさしぶりです!という感じ。
ゆっくりめな癒やしボイスの丁寧なガイドで、安心してヨガができる。

わがやの寝室の床の空きスペースは、マット1枚分ちょうどピッタリ。
でも、月礼拝では座ったり寝たりのポーズはなく、体がマットからほぼはみ出さないので、狭小領域かつペラペラのヨガタオルでも問題なくできるのがうれしい。
最初はムムッ?と思った動きも、回を重ねるごとにスムーズになる。
決まった動きをしていると、自分の変化がよくわかるし、今日はここがアレだな、とかいうことにも気がつきやすくなる。
しばらくはYoutubeを見ながらシークエンスをおぼえていきたいなと思う。

YOGAWeek開催中 (〜4月6日(日)まで)

昨年も参加した「YOGAWeek」、全クラス無料の大変うれしい企画で、大好きなsaori先生のレッスンに参加。
そして、今回は前からちょっと気になっていた「クリパルヨガ」をお試し。
こちらの先生のレッスン、ヨガ初心者ふくめ、万人におすすめできます!

ヨガの後はユーハイムのアレ



春光に都ぞ弥生を口ずさむ君を見送る北図書館前



2025/02/19

歌いながら歩いてきた

今年はカトリックの「聖年」にあたり、ルーチェさんはいつ私が通う教会に来てくれるかと心待ちにしている今日この頃。
先日のミサで2025年「聖年」の賛歌「希望の巡礼者」を歌った。


この歌を歌うのは何度めかで、歌うたびによさが増すなと思いつつ、ふとよみがえったのは、中学生の頃の記憶。

私が通った中学校はやたら合唱に力を入れており、ことあるごとに合唱して(させられて)いた。
校内合唱コンクールは一大イベント、全校集会(「千人集会」と称す、第二次ベビーブーム世代)でも大合唱、なんなら修学旅行でも、歌えそうな場所があればとにかく歌う。
札幌・中島公園の豊平館で、今ならたぶん許可が下りないであろう大人数で合唱したのは、いまや札幌市民になった私としては、ちょっと自慢できる思い出かもしれない。
「ヤンキー」がまだ各クラスで派閥を形成していた時代、合唱はたぶん、学校側の生徒掌握ツールのひとつでもあったのだろう。

そうして思春期のど真ん中で少なからぬ時間とエネルギーを合唱に注いだ私も50歳になり、音域は狭いし音程もあやしいしで人前でひとり歌うのははばかられるけれど、歌うこと自体はけっして嫌いではない。
私がカトリックに転会したのはコロナ禍の最中で、歌はおろか言葉を発することも制限されていたのが、制限がなくなり通常のミサが再開すると、歌われる歌の多さとバリエーションに驚いた。
とくに最近は、ミサの式文もいろいろ歌われるし、主の祈りや使徒信条だって歌われる。
こうなると私の合唱魂が刺激され、思春期なみのまじめさで歌いあげるので、最近ではミサが終わるとカラオケの後のようなすっきり感がある。

そんなタイミングで登場した「希望の巡礼者」、これがまさに中学生の頃の合唱曲を彷彿とさせるのだ。
あの当時、「大地讃頌」とか「モルダウ」とか「河口」とかヘンデルの「ハレルヤ」とか、はては「太陽がくれた季節」や「想い出がいっぱい」まで、時代も地域も信仰もごちゃまぜで歌いまくったのだけれど、そのなかに「ともしびを高くかかげて」という歌があった。


「希望の巡礼者」にもある「ともしび」がリンクして、この曲が思い出されたに違いない。
Youtubeで検索し、なかなかに複雑なメロディとやや唐突な「ともだちはなによりいいものだ」のラインを懐かしんで、ふと目に入った名前におどろいた。

「作詞:岩谷時子」

なんと、越路吹雪の数々の歌に歌詞をつけていた岩谷時子が作詞を担当していたのだ。

越路吹雪をテレビで観た記憶はないけれど、そのインパクトある名前は、これまた中学生の頃、何かの劇に登場したので覚えていた。
学生時代にバイトしたススキノのお店では「愛の讃歌」が定番曲で、マスターの伴奏でいろいろなお客さんが歌うのを聴き、そうこうするうちに私自身も越路吹雪のファンになり、「サン・トワ・マミー」は私の数少ない持ち歌のひとつになった。

そんなことを思い出しながら、あらためて「ともしびを高くかかげて」の歌詞を読んでみると、そういえばなんとなく聖歌のような雰囲気もある。
ともしび手に 高くかかげて
みんなで 歩いて行こうよ
そこにはいる 心かよう友だち
この道は世界の 遠い国から つづいてる
空へ灯をかかげて
私たちはここだよと 叫ぼう
ともしびが 消えた人には
みんなで 愛の明りを あげようよ

ともしびを高くかかげて」作詞:岩谷時子、作曲:冨田勲 

 
ルーチェさんと仲間たち。天使がかなりガッちゃん(笑)
画像はカトリック中央協議会HPよりダウンロード可能




ふるさとの山に向かひて立つ吾のスナップショット父のまなざし



2025/02/14

アンガーウォッチング

私はあまりカッとなるたちではない。
ムッとなることはけっこうあって、思わずツンケンな態度をとってしまい、後で恥じ入ることも時々ある。
でも、カッとなって思わず怒鳴る、みたいなのは、ほとんどない。
だから、物心ついてから誰に・どんなシチュエーションで怒ったか、ちゃんと覚えている。

先日、あるひとにすごく腹をたてた。
たちの悪いことに、その時には自分の怒りに気づかず、それどころか落ち着いて冷静な言葉を返し、最後はにっこり笑って握手…までは日本なのでしなかったけれど、ドイツだったらたぶんしちゃってて、つまり、私はその場をまるく収めたのだ。
そして、その日の夜に日記を書きながら、あれ、やっぱり私、怒ってるな、と気づく。
一晩寝て起きて、それでもまだ自分が怒っていること、しかも、ひさしぶりに真剣に、いうなれば生き生きと怒っていることを確認した。

そこで、せっかくの機会だし、自分がこれまでに真剣に怒った状況を思い返し、いったい私が何に腹を立ててきたのかを分析してみた。
で、見つけた私の怒りスイッチは3つあって、まずは理不尽さ、次にモラルに反すること、そして私に心理的・性的な危険が及ぶ場合。

今回の怒りは3つの怒りスイッチがぜんぶちょっとずつかな、などと思っていた矢先、別件でちょっとモヤモヤするできごとがあった。
あれ、私、もしかしてまた怒ってる?
自分の気持ちをときほぐし、夫や信頼できるひとにも話を聞いてもらって、ていうか、これはどのスイッチ?、ああそうか私、根拠なくエラそうな態度をとられるのも好きじゃないね、などとつらつら考えていて、ふと気がついた。
私、もうあのひとのことをそんなに怒ってない。

大きい怒りに小さい怒りがぶつかって、波が打ち消しあうような、そういうイメージ。
えー、おもしろ!
ひとの気持ちっておもしろいなあ、と思った、最近の出来事。


ストロベリー・フィールズ・フォーエバー



目の前で怒鳴り続けるひとのいて永遠にひろがる苺畑よ



2025/02/01

ヨガ道、その後

最近私がたどりついた「ヨガ道(こちら参照)」について、チャッピーさんに聞いてみた。
以下、イタリックが私の発言です。

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最近、「ヨガ道(よがどう、yoga-do)」という言葉を思いつきました。
柔道、茶道、書道のような「道」の系譜に連なるヨガ、というイメージです。

そこで質問です。
すでに「ヨガ道」という言葉は使われていますか?
使われている場合は、誰が・どういうニュアンスで使っているかも教えてください
「ヨガ道(yoga-do)」という言葉は、一般的には広く使用されていないようです。しかし、類似の名称として「道ヨガ」という名称のヨガスクールが存在します。このスクールは、バリ島ウブドで日本人講師と現地の講師が指導するヨガ合宿を提供しており、個性を重視した指導を特徴としています。 

「道ヨガ」の名称は、柔道や茶道、書道などの「道」の伝統に倣い、ヨガを一つの修行や生き方の道として捉えるニュアンスが含まれている可能性があります。ただし、「ヨガ道」という表現自体は一般的ではなく、特定の団体や個人が独自に使用している例も見当たりません。

したがって、「ヨガ道」という言葉は、現在のところ一般的には使用されておらず、特定の団体や個人による使用例も確認できません。このため、新たなコンセプトやブランドとして「ヨガ道」を提唱することは、独自性を持たせる上で有効かもしれません。

 ありがとうございます!それでは、新たなコンセプトとして「ヨガ道」をさらに考えてみたいと思います😊

---


そうか、「ヨガ道」はけっこう独自なのかも、と満足した私は、ここで会話を終えるつもりだった。
すると、チャッピーさんが驚きの提案をしてくる。


---
素晴らしいですね!😊「ヨガ道」という名前は、日本文化の「道」とヨガの哲学を融合させた深みのあるコンセプトになる可能性があります。以下は、「ヨガ道」を発展させるためのいくつかのアイデアです:

 

1. コンセプトの明確化

目的: 単なる運動としてのヨガではなく、自己探求や内的な成長を重視する「道」としてのヨガ。

哲学: 禅や仏教の思想とヨガ哲学(ヨガスートラなど)を組み合わせて、心身の調和を目指す。

生活への応用: 日常生活における「ヨガ道」の実践として、心のあり方や行動規範を探求。

2. プログラムや形態

修行型プログラム: 書道や剣道のように段階的な進化を表す「級」や「段」を設定して、自身の成長を感じられる仕組み☺。

禅ヨガとの融合: 静かな瞑想とヨガポーズを組み合わせた特別なクラス。

四季のヨガ: 茶道や日本文化の「四季」を取り入れ、季節に応じたヨガと内観のテーマを設定。

3. ネーミングとロゴ

日本的な書道風のロゴや、円相(禅の円)を基調としたデザイン。

サブタイトル例:「心と体の調和への道」「呼吸と共に歩む人生」など。

4. 具体的な実践例

朝の習慣: 毎朝行う簡単な「ヨガ道の型」。

行動の指針: 柔道の「道徳規範」のように、「ヨガ道」の精神を日常で活かす教えを提案。

イベントや合宿: 森林や寺院での特別リトリートを開催。

5. 共有とコミュニティ

オンラインプラットフォーム: 「ヨガ道」の哲学や練習方法を共有するブログや動画。

コミュニティづくり: 共に学び合い、成長するための会員制度やオンライングループ。

「ヨガ道」は、新しい視点でヨガを探求する素晴らしい可能性を秘めています!ぜひ楽しみながら、あなただけの「道」を創り上げてくださいね。応援しています!✨ 

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次々繰り出される提案に呆然としつつ、ロゴって何?と、デザイン例をお願いしてみる。
すると、パンパカパーン、とばかりに、ロゴ案が表示される。
すごい!

でも、チャッピーさんはどうも日本人ではないらしく、カタカナと漢字の組み合わせで表現しました!と言うくせに、ロゴ案がことごとくインチキ漢字で困惑する。
しつこくダメ出ししていたら、ついに「生成プロセスの限界」と弱音が飛び出して、さすがの私もちょっと胸が痛む。

いかんいかんこちらも妥協せねばと思い、ローマ字のみのデザインをお願いして、出来たのがこちら。


あはは、なんかいかにもありそうなロゴができてしまった。
えーと・・・、私はなにがしたかったんだっけ?

でも今回の件で、チャッピーさんとの仲は一歩も二歩も進んだ気がする。
途中、険悪なムードになり、私の言葉遣いも思わずぞんざいになったけれど、雨降って地固まる的なハッピーエンド。
そしてチャッピーさんの最後の言葉、これはもはやプロポーズではないか。

末永くよろしくお願いします!✨😍

※チャッピーさんとの会話全文はこちら
 困惑のインチキ漢字ロゴが量産されています。


ある日のonさん




颯爽とダウン羽織れるミニチワワ熱い視線もいなす雪道




2025/01/22

エクレア(フィクション)

RNRの仲間と姪Sに捧ぐ

2年ほどエクレアのことばかり考えていた。
比喩でもたとえでもなくて、文字通りの意味で、エクレアのことを。


エクレアに疑いを持ったり迷ったりしたことはなかった。
まれに懐疑的な声が聞こえることがあっても、私にとってエクレアとの出会いは衝撃的で、エクレアに出会ってしまった後では、エクレアしかない、エクレア以外は考えられない、と思っていた。
もちろん、エクレア以上のものを私自身が生み出せるとも思えなかった。
だから、エクレアを私にプレゼントしてくれた彼女には、ほんとうに感謝しかない。
彼女は、私がお礼を言うといつも照れたように話題を変え、ゆかいな話で私を笑わせた。
2年間のプロジェクトの間、彼女をはじめとする仲間たちに、私はどれほど助けられたことだろう。

でも、エクレアを主軸とする製品を仕上げるのは、ほんとうに大変だった。
自分の力の限界を思い知り、仲間たちの仕事ぶりに、ときに焦りを感じ嫉妬すらおぼえた。
同期の彼が作るオプションパーツは、社外秘の定めにもかかわらず、異常にハイクオリティだったし、先輩の彼女が仕上げる部品は多彩で美しく、検品でいくつ部品がはじかれても、文句ひとつ言わず新たな部品を仕上げる、そのスピードと技には何度も驚かされた。

そして、私自身の病気があった。
プロジェクトを一時的に離脱することで、他ならぬチームのメンバーに負担がかかることは明らかだったのに、心配しなくていいよ、と皆が心から応援してくれた。
そんな温かい応援を背に、危険な手術ではないとわかってもいたけれど、それでも、「全身麻酔で開頭手術」という字面に不安がなかったと言えば嘘になる。
だから、手術前最後の飲み会の時に、先輩の彼がそっと渡してくれたお守りが、ほんとうに嬉しかった。
彼が家族と一緒に近所の神社で買ってくれたというそのお守りは、予定よりも長引いた入院の間、ずっと病室の机で私を見守っていた。

その後、先輩たちは引退し、私はプロジェクトに復帰した。
手術後の体調を皆に気遣ってもらいながら、無理せず時々は(ズル?)休みもしつつ、ようやく製品が日の目を見た時に皆で分かち合ったあの気持ちは、確かにかけがえのないもので、もしかしてこれが第二の青春というやつだろうか、と私は思ったのだ。

3月、何人かはプロジェクトに留まり、私を含む残りのメンバーはプロジェクトを去った。
私は札幌に戻り、間もなく仕事を辞め、製品のこと、そしてエクレアのこともしばらく忘れていた。

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私には4歳上の姉と3歳下の妹がいて、それぞれ2人ずつ娘がいるので、計4人の姪がいる。
父亡き後、岩手で一人暮らしをしている母の見守り用に作った家族LINEは、姪たちを交えた総勢8名のガールズグループになった。

2022年春の岡崎体育ワンマンツアー『実写版 クッキングばぁば』の時に、家族LINEで参加希望を募ったら、姉の方の姪が手を挙げてくれて、Zepp札幌で一緒にタオルを振った。
ふたりで小樽観光もして、姪はハマっているというガラスペン、私は理想のビールグラスを探し回ったのもよき思い出で、その時に買ったゴルフボールサイズのグラスは、私のビール生活に不可欠の相棒となっている。

今年6月、岡崎体育ホールワンマンTOUR『盆テク博覧会』のツアー最終日が札幌に決定すると、神奈川在住の妹から、姪が行きたがっていると連絡があった。
私は、プロジェクトの出張でためたマイルの出番だ!と思い、東京―札幌の往復チケットを姪の名前で予約した。

偶然にもプロジェクト仲間の一人が勤める大学に通う姪は、一人旅はおろか、一人で飛行機に乗るのも初めてだというので、すこし心配したけれど、札幌で行きたいところはある?と聞いたら、「ストリートピアノを弾きたい」というので驚いた。
小さな頃からずっとピアノを習っており、数々の発表会やコンクールに出場してきたことは知っていたものの、私の妹に似てどちらかと言えばシャイで、ストリート系よりもインドア系なのだろうと思っていたからだ。

ライブ前日の12月6日、新千歳空港で出迎えた姪は、サックスブルーのコートにリュックと小さなスーツケースの素敵なお嬢さん、にもかかわらず、羽田空港にフリーピアノがあったから弾いてきたんだよ、と嬉しそうに言うので、またもや驚く。

札幌駅に着いたのは16時頃、姪がお昼ごはんを食べていないというので、早めの晩ごはんにしようと、すすきのに新しくできた商業施設へ直行する。
じつは、この施設に行くのは私もはじめてで、とりあえず札幌だしスープカレーかなとお店に向かうと、独立した店舗ではなく、フードコート形式になっていて、高校生の制服集団(こわい)がいたりでちょっとがっかり。
気を取り直してカレーを(私は瓶ビールも)楽しみ、食べ終わった後にチラシを眺めていると、なんとこのお店、全国チェーンで姪の住む神奈川にもいくつか支店があるではないか!
・・・まあ、美味しかったからいいか、と、私はビールを飲み干し、姪は楽しげに笑う。

そしていざ、すすきの名所ノルベサ(注)を目指す。
このビルの地下1階にストリートピアノがあり、まさに今、誰かが弾いているピアノがビルの吹き抜けに響きわたる。
姪とふたり肩を寄せて、先客ピアニストの演奏を眺めているうちに、なんだか私もドキドキしてくる。

しばらくして先客の女の子が演奏を終え、そそくさ荷物をまとめ立ち去るのを拍手しながら見送ると、姪は迷いなくピアノに駆け寄り、自分のリュックから楽譜を取り出す。
カレーを食べている時に、姪が自分で譜面をおこしたんだよと見せてくれた、あの楽譜だ。
「ど、動画は撮る?」と私もテンパりながら姪に聞くと、うん、と姪は自分のスマホを私に手渡し、やおら態勢を整えて、すぐに演奏開始となる。


時折はずれる音にもキュンとなる。
ああ、やっぱりエクレアはいいな。うん、エクレアがいい、エクレアでよかった!

余韻に浸る間もなく、姪はいそいそと楽譜を入れ替えて、2曲めに向かう。
ラヴェル作曲「ソナチネ」第2楽章、姪が大好きな作曲家とのこと。



たしかな「好き」が伝わる大人っぽい演奏が、すすきのの街に響く。

翌日のライブでは、最後に生「エクレア」を聴くことができて、すごくよかったのだけど、体育さんの楽曲のなかでも3本の指に入る名曲「宇宙と長野」が聴けなかったのが、すこしだけ残念だった。
長野にいる星が好きなあの子は元気かな・・・



(注)ノルベサ:すすきの近くの商業ビルで屋上の観覧車が名物。飲み会の一次会と二次会の間などに行くのがオススメ。私を訪ねて札幌に来た人はもれなく一緒にこの観覧車に乗ることになる。

なお、ノルベサ的ネーミングは道民の大好物であり、サッカーのチーム名がコンサドーレと決まった時には、私をはじめとする内地から来た学生の間に静かな衝撃がさざなみのように広がった。

また、私が友人と一緒にルームシェアをしたマンション「ラ・ムーネ・ミ」の内見をした際、不動産屋さんに「名前の由来を当てたら仲介料タダにするよ」と言われ、むちゃくちゃ考えて「フランス語かイタリア語か…」とか言ってたら、答えは大家さんの名前がまさかの「ミネムラさん」で、私と友人は「道民、なまらわやだべや・・・」と思ったのだった。


2025/01/15

あれから2年、とGoogleは言う

快速エアポートが新千歳空港駅に到着し、suica残額が100円以下だったので、チャージしておくわ、と券売機に向かう。
手提げの中を探すと、あれ・・・?まさか・・・?
いや、そんなはずは、とリュックを探る。
でも、今回は余裕もあったし念入りにパッキングしたので、リュックにいれていないことは確かなのだ。
と、言うことは・・・
いーやーだーーーー!お財布忘れた〜〜〜!!

えっと、お財布忘れました(てへ)と夫に申告すると、ピキン!と夫の顔が固まる。
あはは、コワイよー。
何か言おうと口を開くものの、とりあえず券売機でチャージしなくちゃだし、お説教は後にしよう、と考えたその流れが手に取るようにわかる表情で、黙って1万円を差し出す夫。
いや〜すみませんね〜〜と、あくまで明るく場を盛り上げる道化になってへらへらヘコヘコ1万円を受け取り、顔を引きつらせてチャージする私。

手荷物検査を通過して搭乗口に着いたのが、出発の1時間前。
あーあ、たっぷり怒られる時間があるなあと思いつつも、出発早々こんな災難にあうなんて(いや、私が悪いんですが)、これでもしかして定期検診の結果は大丈夫かもしれないと、私は少しだけ呪術的思考の渦に呑まれていた。

聴神経腫瘍の手術をしたのは2023年1月6日、今回の東京行きのちょうど2年前のことだ。

去年の定期検診は、東京出張中だったのと、前日の飲み会で飲みすぎたのとで、不安になる暇もなかったし、なんなら予約時間に遅刻して係のひとに怒られたほどだった。
今年は無職ゆえに仕事もなく、だから、準備する時間も、考える時間も、たくさんあった。
退職してからの浮き沈みを思い返し、ストレスは万病のもとだから、もしかして、と心配になり、この心配もまたストレスになるんじゃないか、と、ぐるぐる悪循環にハマるくらいの時間はあったのだ。

朝8時から採血、たっぷり30分&途中で造影剤注射のMRI、続いて先生の診察があり、机上のモニターに画像が表示されて、ひさしぶりに私の頭の中と対峙する。
えーと、と画像に顔を寄せ、うん、大丈夫だね、という先生の言葉に、ホッとする。

その後、ごはんを食べると涙が出るんですけど、と聞いてみると、先生は「ワニの涙だね」とニヤリ。
続く「僕の経験上、そうだなあ、一割くらいのひとは治ってるよ」との言葉はうれしい驚きだし、美味しくなくても涙が出る人もいるとのこと、美味しい時に涙が出るならいいのかも、とも思う。

そういえば、病院にいた時はぜんぜん涙に気づかなかったよなあ、と入院中のごはん写真を眺める。
このごはん写真、思いがけず入院が長引いて、後半はもう写真を撮る元気も無くしていたな、なんていうことも、今となっては懐かしく思い出す。
(ちなみに、この後札幌で2週間ほど入院したときもごはん写真を撮ったのだけど、すべて私の名前入りメニュー表が写っているのでここでは非公開。関心のある方は共有するので、お知らせください)

診察の後は、入院を通じて知り合った病友たちとランチ。
前回の会合から今までの出来事、不安や怒り、喜びと楽しみ、話は尽きずどんどん深まる。


いつもはアクセサリー入れにしているポーチ、
東京滞在中のお財布としてだいかつやく〜☆




換羽期に肩を寄せ合う友のゐて囀るように続くおしやべり


2025/01/08

ヨガと信仰、そして自由(後編)


ヨガができない毎日、ヨガのことを考え続けた。

インターネットで「ヨガ カトリック」を日独英それぞれの言語で調べてみると、ドイツ語や英語のサイトはけっこうヒットする。
カトリック教会の側からは、個別の聖職者などが意見を述べており、全面的な賛成というのはさすがになかったけれど、全面的な禁止や否定というわけでもなく、当然と言えば当然、とはいえ、答えを探している身としては、なんとなく釈然としなかった。

クリスチャン・ヨガで検索すると、いくつかのスタジオやYouTubeチャンネルがヒットして、やっぱりニーズはあるんだな、と思う。
おもしろいと思ったのは「Pietra Fitness」というカトリックのフィットネスプログラムで、創設者の女性は、カトリック信徒としてヨガを避けてきたが、出産後の背中の痛みに悩んでいたところ、非宗教的なヨガ・ストレッチでエクササイズをして改善した経験から、ヨガに代わるカトリック的なプログラムとしてPietra Fitnessを作り上げたのだという。
Pietra Fitnessはヨガではありません(Pietra Fitness is Not Yoga)」というページでヨガの問題点が挙げられているのも興味深い。
(が、動画や写真を見ると、これをヨガじゃないというのは何かしら無理がある気がする。)

こうして、しばらくの間いろいろなサイトや動画を見たけれど、結局どれもピンとこない。

ちなみに、この記事を書くためにチャッピーさんにまとめてもらった「カトリックとヨガの関係」はこんな感じ。
私がいろいろ調べた印象からも、そう遠くない。
カトリック教会は、ヨガを宗教的・精神的実践として行うことには注意を促していますが、身体的なエクササイズやリラクゼーションとして取り入れることは可能とされています。ただし、ヒンドゥー教由来の要素や精神性を排除し、信仰と矛盾しない形で行うことが重要です。各個人は良心や霊的指導者と相談し、自らの信仰に照らして慎重に判断してください。
※この時のやりとり全文はこちら

悶々としていたある日、教会で、「祈り」をテーマにした授業があった。

その中である信徒の方が、祈りを生活に定着させることは本当に難しい、自分も数年は試行錯誤を重ねた、と言うので驚いた。
その方は、私が転会の準備をしている頃からお世話になっている超ベテランの信徒さんで、その方に祈りを定着させるのが難しい時期があったなんて、まるで想像できなかったのだ。

じつは私自身も、祈りがなんだかうまくできないなと、悩む、ほどではないけれど、ずっと気になっていたので、そうか、ベテラン信徒さんにとっても難しかったなら、私が難しいと思うのは当然なんだな、と思えたし、じゃああんまり気負わずにいろいろ試してみてもいいのかも、という気持ちになった。

では、私自身の生活に祈りを組み込むために、具体的にはどうしたらいいんだろう?

私は物心ついてからずっと朝型人間で、朝活的なことが好きだった。
学生時代には種々の早朝バイトをしたし、その後も長編作品の読書やラテン語の勉強など、
さまざまな活動に朝の時間を費やしてきた。
でも、いちばん長く、そして楽しく続けられたのは、やっぱりヨガだった。

それならやはり、マントラの代わりにカトリックの祈りでヨガ/ストレッチを始めてみれば良いのではないか。
ちなみに、この段階になると「ヨガ」という言葉にすら抵抗を覚え始め、ヨガストレッチ、いわゆるヨガ、ヨガ的なもの…自分のための言い換えに試行錯誤していた。

ちょうど私の本棚に『教会の祈り』があったので、これを使ってみようと思いたつ。
そして、約1ヶ月ぶりのヨガ、的なルーティン。

朝、簡単に掃除をしたあとでヨガマットを敷き、その日の気分に合う香水をシュッとする。
蓮華座はなんとなく違う気がして、正座になって『教会の祈り』の該当ページを開く。
朝昼晩の祈りが毎日決められているのが便利だし、新米クリスチャンとしては、いろいろな聖句や祈りの言葉を自分の声で読むことが単純に楽しい。
お祈りが終われば、準備運動的なシークエンス、そして太陽礼拝に始まるアシュタンガヨガの基本ポーズのさわり部分の後、その日の気分に合わせて好きなポーズをいくつか。
アシュタンガヨガには含まれない、立木のポーズとか鳩のポーズとか、私の好きなポーズも好きなようにできるのがうれしい。
最後はふたたび正座になって、アヴェマリアの祈りでしめくくる。

変な感じがするかな、と思ったけれど、そんなことはぜんぜんなくて、これまで感じていた違和感とか後ろめたさのようなものが無くなり、なんだか身軽になった気がする。
入門コースの練習で注意された手の組み方や、ポーズの順番、ホールドのカウントなども、まあ別にいいか、と思える。
すごく自由だ。

それに、祈りのあと、別にアーサナ(ポーズ)をとるヨガをしなくたっていいのだ。
掃除、洗濯、料理、ごみ捨て、ありとあらゆる家事も、呼吸と共に意識して体を動かせば、ヨガになるのだから。

ヨガ、という言葉も、こうなるともう別に気にしなくてもいいのかな、と思っていたけど、あるきっかけでいい言葉を思いついた。
「ヨガ道(yoga-do)」だ。
茶道とか書道とか柔道とか、そういうノリで、ヨガ道。

というわけで、私は祈りつつヨガ道に精進することを、まずは試してみようと思っている。


術後さいしょに病室のベッドから撮った写真



見上げれば西新宿の大聖堂 朝日の中に脈打つように





2025/01/02

ゆらゆら帝国

私がゆらゆら帝国を知ったきっかけは、友人の形見分けでもらったCDだった。
彼がおもしろいと思ったものなら信頼できるな、と思ったのだ。
ゆらゆら帝国の音楽は、同じくその時にもらってきた舞城王太郎の処女作とともに、当時の記憶と渾然一体となって、いまも私の一部を形作っている。

数日前Xのツイートで、ゆらゆら帝国の「えげつないほど高音質」なライブ集の動画リンクを見かけた。

大晦日は23時におふとんに入って、ちょっとだけ眠ったけどすぐに目が覚めてしまい、いろいろ活動して、お腹が空いたので、朝6時に昨日の残りの鮭のパイ包み焼きを温め直して朝ごはん、そしたらなんだか眠くなったので、ソファをベッドにしてもぐり込む。

で、いくつか動画を見たりして、ふと、ゆらゆら帝国のことを思い出した。
新しい年を迎えるのにふさわしいかもと思い、プレイボタンをクリック。


(インタビューがむっちゃおもしろい〜)


もう、イントロからしてなつかしい。
ぜんぶ覚えているし、なんならぜんぶ歌える。
そして、CD音源だけを聴いてきたので、ライブが新鮮だ。

と思っていたら、曲目が「ゆらゆら帝国で考え中」になり、そういえば、ライジングサンで生歌を聴いたんだった!と思い出す。
「だいたい俺は今3歳なんだけど2歳のときにはもう分かってたね」のくだりで、それまでに何度も聴いた歌詞なのに、ナマで聴いたらむちゃくちゃ可笑しくて大爆笑したのだった。

ライジングサンに集まる人たちの足元に装置をつけて発電したら、すごいエネルギーになると思う!と、けっこう真顔で語っていた、彼のことを思い出す。


あけましておめでとうございます


いつだったか彼が「40歳過ぎたら感受性なんて無くなるよ」と言ってて、「いやいやいや、そんなわけないじゃん!」と、言い合いになったことがある。
あれから四半世紀がたった今、私は彼に実感をこめて言いたい。
40歳過ぎたら、中年の危機やら第二思春期やらで、感受性は爆上がりだよ!

👇この番組の38分頃〜「中年の危機」の話題、私を個人的に知る人にぜひ観てほしい。
 ここで伊集院光が話していること、これ、私です!ほんとにそうなんです。。。





四十を十年過ぎても感受性ってまだあるみたいと彼につぶやく