RNRの仲間と姪Sに捧ぐ
2年ほどエクレアのことばかり考えていた。
比喩でもたとえでもなくて、文字通りの意味で、エクレアのことを。
エクレアに疑いを持ったり迷ったりしたことはなかった。
まれに懐疑的な声が聞こえることがあっても、私にとってエクレアとの出会いは衝撃的で、エクレアに出会ってしまった後では、エクレアしかない、エクレア以外は考えられない、と思っていた。
もちろん、エクレア以上のものを私自身が生み出せるとも思えなかった。
だから、エクレアを私にプレゼントしてくれた彼女には、ほんとうに感謝しかない。
彼女は、私がお礼を言うといつも照れたように話題を変え、ゆかいな話で私を笑わせた。
2年間のプロジェクトの間、彼女をはじめとする仲間たちに、私はどれほど助けられたことだろう。
でも、エクレアを主軸とする製品を仕上げるのは、ほんとうに大変だった。
自分の力の限界を思い知り、仲間たちの仕事ぶりに、ときに焦りを感じ嫉妬すらおぼえた。
同期の彼が作るオプションパーツは、社外秘の定めにもかかわらず、異常にハイクオリティだったし、先輩の彼女が仕上げる部品は多彩で美しく、検品でいくつ部品がはじかれても、文句ひとつ言わず新たな部品を仕上げる、そのスピードと技には何度も驚かされた。
そして、私自身の病気があった。
プロジェクトを一時的に離脱することで、他ならぬチームのメンバーに負担がかかることは明らかだったのに、心配しなくていいよ、と皆が心から応援してくれた。
そんな温かい応援を背に、危険な手術ではないとわかってもいたけれど、それでも、「全身麻酔で開頭手術」という字面に不安がなかったと言えば嘘になる。
だから、手術前最後の飲み会の時に、先輩の彼がそっと渡してくれたお守りが、ほんとうに嬉しかった。
彼が家族と一緒に近所の神社で買ってくれたというそのお守りは、予定よりも長引いた入院の間、ずっと病室の机で私を見守っていた。
その後、先輩たちは引退し、私はプロジェクトに復帰した。
手術後の体調を皆に気遣ってもらいながら、無理せず時々は(ズル?)休みもしつつ、ようやく製品が日の目を見た時に皆で分かち合ったあの気持ちは、確かにかけがえのないもので、もしかしてこれが第二の青春というやつだろうか、と私は思ったのだ。
3月、何人かはプロジェクトに留まり、私を含む残りのメンバーはプロジェクトを去った。
私は札幌に戻り、間もなく仕事を辞め、製品のこと、そしてエクレアのこともしばらく忘れていた。
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私には4歳上の姉と3歳下の妹がいて、それぞれ2人ずつ娘がいるので、計4人の姪がいる。
父亡き後、岩手で一人暮らしをしている母の見守り用に作った家族LINEは、姪たちを交えた総勢8名のガールズグループになった。
2022年春の岡崎体育ワンマンツアー『実写版 クッキングばぁば』の時に、家族LINEで参加希望を募ったら、姉の方の姪が手を挙げてくれて、Zepp札幌で一緒にタオルを振った。
ふたりで小樽観光もして、姪はハマっているというガラスペン、私は理想のビールグラスを探し回ったのもよき思い出で、その時に買ったゴルフボールサイズのグラスは、私のビール生活に不可欠の相棒となっている。
今年6月、岡崎体育ホールワンマンTOUR『盆テク博覧会』のツアー最終日が札幌に決定すると、神奈川在住の妹から、姪が行きたがっていると連絡があった。
私は、プロジェクトの出張でためたマイルの出番だ!と思い、東京―札幌の往復チケットを姪の名前で予約した。
偶然にもプロジェクト仲間の一人が勤める大学に通う姪は、一人旅はおろか、一人で飛行機に乗るのも初めてだというので、すこし心配したけれど、札幌で行きたいところはある?と聞いたら、「ストリートピアノを弾きたい」というので驚いた。
小さな頃からずっとピアノを習っており、数々の発表会やコンクールに出場してきたことは知っていたものの、私の妹に似てどちらかと言えばシャイで、ストリート系よりもインドア系なのだろうと思っていたからだ。
ライブ前日の12月6日、新千歳空港で出迎えた姪は、サックスブルーのコートにリュックと小さなスーツケースの素敵なお嬢さん、にもかかわらず、羽田空港にフリーピアノがあったから弾いてきたんだよ、と嬉しそうに言うので、またもや驚く。
札幌駅に着いたのは16時頃、姪がお昼ごはんを食べていないというので、早めの晩ごはんにしようと、すすきのに新しくできた商業施設へ直行する。
じつは、この施設に行くのは私もはじめてで、とりあえず札幌だしスープカレーかなとお店に向かうと、独立した店舗ではなく、フードコート形式になっていて、高校生の制服集団(こわい)がいたりでちょっとがっかり。
気を取り直してカレーを(私は瓶ビールも)楽しみ、食べ終わった後にチラシを眺めていると、なんとこのお店、全国チェーンで姪の住む神奈川にもいくつか支店があるではないか!
・・・まあ、美味しかったからいいか、と、私はビールを飲み干し、姪は楽しげに笑う。
そしていざ、すすきの名所ノルベサ(注)を目指す。
このビルの地下1階にストリートピアノがあり、まさに今、誰かが弾いているピアノがビルの吹き抜けに響きわたる。
姪とふたり肩を寄せて、先客ピアニストの演奏を眺めているうちに、なんだか私もドキドキしてくる。
しばらくして先客の女の子が演奏を終え、そそくさ荷物をまとめ立ち去るのを拍手しながら見送ると、姪は迷いなくピアノに駆け寄り、自分のリュックから楽譜を取り出す。
カレーを食べている時に、姪が自分で譜面をおこしたんだよと見せてくれた、あの楽譜だ。
「ど、動画は撮る?」と私もテンパりながら姪に聞くと、うん、と姪は自分のスマホを私に手渡し、やおら態勢を整えて、すぐに演奏開始となる。
時折はずれる音にもキュンとなる。
ああ、やっぱりエクレアはいいな。うん、エクレアがいい、エクレアでよかった!
余韻に浸る間もなく、姪はいそいそと楽譜を入れ替えて、2曲めに向かう。
ラヴェル作曲「ソナチネ」第2楽章、姪が大好きな作曲家とのこと。
たしかな「好き」が伝わる大人っぽい演奏が、すすきのの街に響く。
翌日のライブでは、最後に生「エクレア」を聴くことができて、すごくよかったのだけど、体育さんの楽曲のなかでも3本の指に入る名曲「宇宙と長野」が聴けなかったのが、すこしだけ残念だった。
長野にいる星が好きなあの子は元気かな・・・
(注)ノルベサ:すすきの近くの商業ビルで屋上の
観覧車が名物。飲み会の一次会と二次会の間などに行くのがオススメ。私を訪ねて札幌に来た人はもれなく一緒にこの観覧車に乗ることになる。
なお、ノルベサ的ネーミングは道民の大好物であり、サッカーのチーム名がコンサドーレと決まった時には、私をはじめとする内地から来た学生の間に静かな衝撃がさざなみのように広がった。
また、私が友人と一緒にルームシェアをしたマンション「ラ・ムーネ・ミ」の内見をした際、不動産屋さんに「名前の由来を当てたら仲介料タダにするよ」と言われ、むちゃくちゃ考えて「フランス語かイタリア語か…」とか言ってたら、答えは大家さんの名前がまさかの「ミネムラさん」で、私と友人は「道民、なまらわやだべや・・・」と思ったのだった。