2012/09/23

向こうの世界の物語

先日のお伊勢参りのおかげなのか、ここさいきん読んだ本はどれもヒット。

E.A.アボット『Flatland』。(邦訳はブルーバックス版『二次元の世界』。
詳しい注釈版『フラットランド』は未読)。
タイトルだけは知っていたが、ふと思い立って読んでみたら、
なんとまあ、素敵に奇妙な、おとぎ話の味わい。
主人公は「正方形」で、舞台はフラットランド、つまり平面、二次元の世界。
その世界の住人たちは二等辺三角形や多角形や、円だったりするのだけれど、
女性はみんな直線で、そのありようがなんとも可笑しい。
(ただしこの「直線」的女性たちの描写には、当時から批判があったようで、
第二版への序文でいろいろと言い訳しているのも、また面白い。)
二次元に生きる主人公は、夢の中で一次元の世界-「線」の世界-を訪れ、
その世界の王である「点」に、二次元の世界を説明しようと試みるも信じてもらえず、
しかしその後、主人公が三次元の世界からの訪問者に出会うと、
その存在の仕方にすっかり混乱してしまう。
おもしろくて、やがて哀しい、そして哲学的な含蓄に富むストーリーだ。

工藤美代子『日々是怪談』。
ノンフィクション作家である著者が実際に体験した、不思議な話を集めたエッセイ集。
幽霊はいるかいないか、とか、信じるか信じないか、とか、
そういう議論は後回しで、ちょっと怖い、けれど感慨深くもあるような、
そして、読み終わってから、自分の身の回りがちょっと違って見えるような、
ちょっと他にはなかなか無いような種類の本である。

長野まゆみ『夏帽子』。
こちらはフィクションだけれど、主人公の紺野先生は、とてもリアルだ。
それは、私が生きる、現実の世界のリアルではなくて、
紺野先生が生きる、物語の世界のリアル。
そして、そのリアルを作り出す、その世界を描くために選ばれた言葉たちが、
リズミカルかつ端正な詩のようで、読んでいる目が喜ぶ。
しみじみと、日本語が読めて良かったなあと思う。

・・・

こうやって並べてみると、世界の境界を行き来するような物語、という点で、
上に挙げた3冊は共通しているような気がする。
あると信じる人、それを思い描くことができる人にだけ
見えるような世界や存在があるのではないかと、なんとなく思っている。
わたしにはどうもその種の信じる心や想像力が
じゅうぶんには備わっていないようなのだけれど、
それでも、そういう世界や存在を見る人の話を聞くのが、好きだ。
昨日、小樽の毛無山展望台にて。
レンタカーでひさびさのドライブ、
おいしいお寿司を食べて、温泉に入り、
夜はインドカレーという、スペシャルな休日でした。


2012/09/13

はじめてのお伊勢参り

はじめての伊勢。
学会があって行ってきたのだけど、わたしにとっては、学会<<<お伊勢参り、
というくらい、お伊勢参りメインの意気込み。
まずは学会初日、いちおう発表も終えてから、ひとりで外宮を参拝し、
翌日、東京から合流した友人と一緒に外宮と月夜見宮にお参りして、
その翌日は、学会のエクスカーションに参加、外宮から朝熊山を経由して内宮に、
というルートで、初お伊勢参りを果たしたのである。

素晴らしい天気に恵まれて、そのぶん暑かったけれど、
神宮の森に足を踏み入れると、ひんやりとかぐわしい風が吹き抜ける。
降りそそぐ木洩れ日とほんのり甘いヒノキの香り。
ありがたくなるほどに、心地よい。

社殿はシンプルかつ荘厳。
最初に外宮に参拝したときは、あまりにシンプルで、
どこで「二拝二拍手一拝」すればよいのかわからなかったほど。
素朴で力強さを感じる建築様式に、自然とおごそかな気持ちが湧いてくる。

思いがけずよかったのが、外宮に隣接する「せんぐう館」。
「せんぐうシアター」の番組「神嘗祭篇」を見て、
なるほど、神道というのは「食」をめぐる営みを中心とする宗教なのだなあ、
と思ったりする。

神棚も仏壇もない家で育ったので、
神社にしろお寺にしろ、そこに足を踏み入れた時、
どうしても「わたしはよそ者」と思ってしまう。
それでも、よそ者なりに、また戻ってきたいなと思う場所がある。
伊勢にも、また来れたらいいなと思う。