2025/12/30

ほめられ仕事

パートでお弁当作りしてます、と人に言うと、すごく反応がいい。

これまで大学でなぞのプロジェクトで働いたりしてきたので、職名を言った後に、仕事内容を補足で説明しないと伝わらず、説明を終えても「はあ…(頭の上にはてなマーク)」みたいな反応しかもらえなかったのが、「イオンに入ってるテナントでお弁当とかお惣菜作ってます」というと、すぐに「すごいね」とか「面白そう」とか言ってもらえるし、仕事内容も伝えやすく、それこそタクシーの運転手さんとでもひと盛り上がりできる。
お弁当作りって、ほめられ仕事なのだなあ、と思う。

とは言え、実際の仕事では、ほめられどころか「叱られ」ばかり。
学生時代の多種多様なバイトから直近の仕事まで振り返ってみても、ダントツいちばん叱られている。
ミスや物忘れがなかなか減らず、いまだに一日一度は叱られて、もはや何を注意されても、はい!すみません!で、落ち込みもせずにすぐ次の作業に取り掛かれるくらいに成長した。
50を過ぎてこんなに叱られるものかとむしろ楽しくなってくるし、「最近仕事が早くなってきたから、次は一つ一つの作業のクオリティを上げようね」と、10歳下の超しごできボスに言われて、ほわわんとノボせる自分もおもしろい。

クリスマスと年末年始は、通常作業にオードブル製作が加わっててんやわんやになる、と聞いていて、覚悟して迎えたクリスマスイブ。
写真では完成形の見本を見ていたけど、実際にオードブル容器に並べるのは初めてで、ボスに教わりながらパーツを埋めていく。

へえ、このカボチャサラダは○○さんの手作りですか?あ、これが美味しいと噂のスパイシーチキンですね!え、このカップサラダ、量多すぎじゃないですか?わあ、真ん中がフルーツなんですね~!

キャーキャー騒ぎながら作っているうちに、自分でも食べたくなって、店売り用オードブル1人前を販売の人に頼んで取り置きしてもらった(ちなみに店売り分は午前中で完売)。
自分で食べてもおいしいものを作って売れるなんて、なんか幸せだなあ、と思う。

や、オードブル作るの不安だったけど、楽しいです!大晦日(私は6時半~14時半勤務)もけっこう楽しみかも、と言ったら、大晦日はクリスマスよりもずっと忙しいらしく、ボスは「ま、当日はそんなこと言ってられないと思いますけどね」とニヤリと笑う。

ところでこの超しごできボス、彼女の声が、私のかつてのルームメイトにそっくりなのだ。

当時、3人で暮らしていた家では、他のふたりが料理好き、私はてきとうに手伝いながら、基本的には味見専門だったので、だから料理の腕が伸びなかったんだよな、と今のパートを始めてから思い知った。
とくにそのルームメイトは、お母さんが料理教室の先生ということもあり、料理のセンスもあったし、いわゆるグルメな人で、彼女のいる名古屋に遊びに行くと、いつもステキに美味しいレストランに連れて行ってくれる。
超しごできボスもルームメイトとちょうど同じくらいの身長(ミニサイズ)だし、声質だけでなく、言葉の勢いとか、メンタリティも似ている。
10回批判して1回ほめる、くらいの割合もそっくりで、だから叱られても、私はちょっとだけ懐かしく、うれしかったりするのである。


人手不足で助っ人に来た社長(私と同い年)に、
写真をSNSとかに載せてもいいですか?と聞いたら
「いいよ!どんどん載せちゃって~」とのことだったので。
大晦日はチキンがポークに変更になるらしい


ヘンゼルの月夜の森の小石かな背子が洗ひしパスタ皿二枚



2025/12/28

ゴッド・タクシー、あるいは初めての伝道

とある日曜日。
ミサの受付当番で、8時には教会に行かねばならなかった。
でも、あれこれしていたら時間ギリギリで、ええい仕方ないと大きな通りに出て、タクシーをつかまえることにした。

ところが、なかなかタクシーが通らず、やっと見つけてもお客さんが乗車中、というのを何度か繰り返し、もしやタクシーでも間に合わなくなるかも、と思ったあたりで、やっと空車タクシーが止まってくれた。

行き先を告げた後、運転手さんに「なかなかタクシーが来なかったので、よかったです」と言ったところから、会話が始まった。

運転手さん:最近、タクシーの台数が減っているんですよね。
私:へえ、どうしてですか?
運:再雇用で70歳まで働いた人たちがちょうど退職する時期なんですけど、そこがボリュームゾーンですからね。あと、今の時間帯は、夜勤と日勤の運転手が交代する時間帯だから、あまり走ってなかったのかもしれないですね。
私:なるほどー、そっか、そうなんですね~。

タクシーが見つかった安心と嬉しさで、ちょっとオーバーリアクション気味な私と、それに気をよくした運転手さんの会話は続く。

運:お客さんの方の景気はどうですか?お仕事、何されてるんです?
私:お弁当作りしてるんですけど、日によってけっこう違いますねー。
運:へえ、お弁当作りですか。
私:はい、始めて半年くらいなんですけど、けっこう大変で、最初は8時間勤務のシフトだったけど、今は6時間に減らしたりとかしてるんです。
運:あれですか、体力の限界っ、てやつですか。
私:はは、千代の富士ね。
運:そうそう、わかってますねー。
私:私、51歳だし、バリバリわかります。
運:お客さん、51歳ですか。私と10歳違いですね。
私:というと、60歳…あ、いや、40歳ですか?
運:いやいや、「40歳」のほうを先に言わなくちゃ!
私:すみません(笑)
運:あの、お子さんはいるんですか?
私:(出た、ザ・昭和クエスチョン!)えっと、いません。
運:え、いないんですか?お客さん、元気だからいるかと思ったよ。
私:いやいやいやいや、どういうことですか?子供いなかったら元気がない、とでも?子供いなくても元気です!(笑)
運:(笑)

運転手さんの口調がどんどんくだけてきて、話の流れで私の仕事場とかお店の名前も教えたりして、車内がほぼススキノのスナックになったあたりで、教会に到着。

私:門の中には入らなくて大丈夫なので、信号越えたところで止めてください。
運:はい…あのー、教会っていうことはもしかしてお客さんも…?
私:あ、はい、クリスチャンです。
運:はー、そうですか。
私:こんど教会に遊びに来てください(笑)
運:いや、私は違うんで…
私:信者じゃなくても入れるんですよ。
運:え、そうなんですか。
私:はい、ぜひ今度どうぞー(にっこり)
運:…あの、お客さんのお名前は?
私:…はい?私の?私の名前を言うんですか?(にわかに不審感)
運:あれですよね、キリスト教の名前、ありますよね。
私:え?…ああ!なんだ、クリスチャンネームですか?(ホッ、よかった)…○○です。

運転手さんは、はー、○○ですか~、と反芻していたけど、あれはきっと源氏名みたいなノリで受け止められたんだろうな。
私は私で、タクシー代金1300円のところ、お釣りは結構です、と1500円を渡しつつ、なんとなく献金するような気持ちになる。

教会に到着したら、集合時間は8時ではなく8時半で、つまり私はタクシーに乗る必要は全然なかったのだけれど、これもきっと、タクシーの運転手さんに伝道せよ、という神の思し召しだったのであろう。
この運転手さんが教会に来て、私にご指名が入ったら伝道成功だな、と思う私であった。


夫の実家の本棚からもらってきた聖書コミック



ゆらりゆらり雪降る灰の水曜日VAPEの薫りをたどりてミサへ


2025/12/24

歌は二倍の祈り

カトリック教会のミサでは『聖書と典礼』という小さなパンフレットが配られる。
前号の『聖書と典礼』のコラムに「歌う者は、二倍の祈りをする」という格言が紹介されていた。
その格言の元ネタはアウグスティヌスの聖書注解で、文字通りの引用ではないものの、「<歌によって祈りが二倍になる>という発想はアウグスティヌスの思想を見事に発展させた」とされる(『聖書と典礼』2025年12月21日、7頁)。

「倍音」に興味を持って、ミサで歌うのがますます楽しくなっていたところ、祈りが二倍というのはステキにお得だなー、と思う。

その日のミサの後、アルゼンチン出身の学生から、彼女が好きだというクリスチャン歌手を教えてもらった。
彼女の地元では、ミサには老若男女がもっとたくさん集まり、音楽もギター伴奏があったりだいぶノリノリなのだという。

家に帰って、さっそく教えてもらった歌手を検索してみた。


二倍どころか10倍、100倍くらいの祈りになりそうな歌声で、たちまちお気に入りになる。

『聖書と典礼』のコラムの最後には「今年は新たに聖歌を一つだけでも学んでみては」、「すでに知っている聖歌を自分の好きな外国語で歌ってみるのもいい」とあり、なるほど、たしかにいいかも、と思う。
もっかお気に入りの『希望の巡礼者』を、ドイツ語英語・まだ勉強を始めてもいない韓国語でも覚えられたらと思いながら、いっしょに歌いたい人たちの顔を思い浮かべている。



交差する昨日と今日のわたしたちライブカメラのクリスマスの木


2025/12/22

倍音は宇宙に届く

先日ヨガのワークショップに参加したら、先生が最後にマントラではなく「倍音」を唱えて(歌って?)くれて、それがものすごくよかった。

私は長年ヨガをしてきたけれど、少し前にヨガができなくなった時期があり(こちら参照)、そのきっかけのひとつが実はマントラだった。

たとえばアシュタンガヨガでは、最初と最後に決まったマントラがあり、レッスンの時には、先生の後についてマントラを唱えることになりがちだ。
私もしばらくは何も考えずに真似して唱えたりしていたけど、その後、そのマントラの内容が、アシュタンガヨガの開祖とされるパタンジャリへの崇拝を表すことに躓いた。
意味の分からない「呪文」なら唱えられても、意味を知ったうえで、その言葉を「祈り」として発する、それが私にはだんだん無理になっていったのだ。

そういう経緯があっての「倍音」だったので、わ、マントラじゃないんだ!という驚きと嬉しさがあいまって、レッスン後、先生に「倍音がむちゃくちゃよかったですー」と伝えた。
先生のレッスンのひとつのベースは「クリパルヨガ」で、アメリカで展開された流派なので、マントラはほとんど唱えないとのこと、この本いいですよ!と倍音の本も何冊か教えてもらった。

さっそく教わった本を図書館に予約して、さらにYoutubeも検索してみたら、いい動画が見つかった。


この動画のゆみ先生が、倍音で歌うコツとして、「聞こえてくる音を意識してはダメ」、「宇宙の彼方に見えるキラキラした星を捕まえに行くような気持ちで」声を出す、という師匠のことばを引用しているのが印象的だった。

そうか、それなら倍音の祈りは、もしかして宇宙の彼方に届くのかもしれない。

そして思いたった私は、ひさしぶりの一人カラオケで、倍音を意識したりしなかったりしつつ、imaseくんや体育さんを思うぞんぶん歌い、2時間たっぷり満喫したのだった。

※こちらの動画もわかりやすくて面白い。




※現在、恒例のYOGAWeek開催中、私がレッスンを受けているうおざき先生のレッスンも無料で受講できるので、よかったら(ぜひぜひ!)。



今年のクリスマス飾り。
左上の写真は別名「ゴーストの羽」、「天使の羽」ともいうらしい



朝七時誰も彼もが頬赤らめて何処かへ向かう冬が始まる



2025/12/21

[速報]「日出処の天子」が札幌に![先行予約は本日12/21まで](12/22&12/27追記アリ)

たまたまニュースを見かけて、うぎゃー!となり、友人たちに手あたり次第LINEして、それでも高ぶる気持ちが収まらず、ここに投稿します。

能狂言『日出処の天子』が札幌に来ます!!!




東京の追加公演に落選してがっかりしていたところに、このニュース!
しかも先行予約は本日12月21日23時59分まで!

あわてて申し込みサイトを開き、チケットは第4希望まで申し込めるので、とりあえず上から順番に2枚ずつポチり、申し込み完了画面もスクショしてLINEに転送、そのあとチケット概要の小さな文字を詳しく見てみると、なんと…

札幌公演は終演後にアフタートークがございます。
登壇者:山岸凉子、大槻文藏、野村萬斎、茂山逸平、大槻裕一


や、や、やばすぎるーーー!!!


 【12/22 追記】
ウポポイ開業5周年で玉三郎も来る!リアル国宝!無料(ウポポイ入場料のみ)!
「ウケㇱコㇿ~紡がれるアイヌ伝統芸能と歌舞伎~」
申し込みフォームはこちら

【12/27 追記】
日出処のチケット、第2希望のS席が当たりました!!!


2025/12/19

季節と私

今年の札幌は冬が来るのが早くて、ダウンのフードにファーを装着した最終形態で雪道をすり足しつつ歩く毎日。
それでも、私は冬が好きだし、大雪が大好きだ。

ある日の帰り道、最近の自分を振り返って考えた。

もともと私は気分の浮き沈みがあったのだけれど、ここしばらくそのアップダウンが顕著で、生活に、というよりも人生に支障をきたしていた。
自分なりにいろいろ調べ、病院やカウンセリングに行ってみたりして、それでもやっぱり浮き沈みを繰り返し、周りに迷惑をかけ、いよいよどうにかしなければ、と思っていた。

少し前、鬱からようやく這い上がったタイミングで、雪と氷に覆われた道をそろそろと歩きながら、ああでも私は冬が好きだな、と思ったときにふと、私の浮き沈みは、いわば季節の移り変わりなのかもしれない、と気がついた。

私はずっと「気分が安定している人」に憧れていたけれど、それはもしかして「常春の国」や「常夏のリゾート」に憧れる気持ちと同じなのかもしれない。

ハワイに別荘を持つ友人が、クーラーもヒーターもいらないのよ、と言っているのを聞いて驚愕したことがある。
そんな土地に一度行ってみたいなと思うし、それこそ別荘ならぜひ欲しいくらい。

でも、そこに定住したいか、と聞かれれば、否と即答する。
盛岡から札幌に北上した私にとって、冬と雪のない土地の暮らしは、ハイジにとってのフランクフルトと同じで、白パンを机の引き出しに詰めたくなるくらい落ち着かない。
相模原に住んでいた2年間は、冬も自転車に乗れるのが新鮮だったけれど、2年目にはそのメリットもどうでもよくなるほど、雪に埋もれる札幌の冬が恋しかった。

春や夏が上がってるときの私だとすると、下がって沈む私は、秋と冬なのだ。
それぞれの季節にそれぞれの厳しさと美しさがあって、早く過ぎてほしいとかずっと続いてほしいとか思ったり言ったりしても、早送りも一時停止もなく、淡々と一定の速度で季節は移り変わる。
それは誰にも止められないし、この地で(この世で)暮らす限りどうしようもないことだ。

それでも、季節の移り変わりは止められなくても、それぞれの季節に合わせて服装を変えたり、過ごし方を調整したりすることはできる。
そんなふうに私の気分の浮き沈みを考えればいいのではないか。

そして、そうか、もしやこれが「自分を受け入れる」ということか、と思ったのである。

ドイツのケーキミックス、焼いてみた



泣いていた僕らをやがて思い出す雪ふりつもる新たな冬に