2024/11/16

隠された十字架/太子の少年/エンド・オブ・ライフ

奈良・天理への観光&学会旅行には、文庫本を3冊持っていった。
退職前の出張にはギリギリまで荷物を減らしていたので、Kindleタブレット1つだけだったけど、今回はスーツケースがあるので、つい欲張ってしまった。
でも、旅行から戻ったら、文庫本も一緒に旅してきた顔になっていて、それも悪くない。


梅原猛『隠された十字架新潮文庫、改版1981年

日出処の天子』誕生のきっかけになったという本書、聖地巡礼の準備にあたり、この本を外すわけにはいかない。
旅行の1週間ほど前から少しずつ読み始め、天理のホテルにチェックインした後、法隆寺を訪れる前夜に読み終わった。
そういえば、梅原猛の著作をちゃんと読むのは初めてだったかもしれない。

最初は、聖地巡礼のテキストとして、半ば義務感からページをめくった。
でも、その独特な口調に乗せられるように、気がつけばラインを引きまくり、随所にしるしを付けて、わからない言葉をメモしたり、いやはや、びっくりするほど面白い。

「太子よ」のリフレインが、論文とも小説ともつかない世界に朗々と響きわたる。
なるほど、『日出処の天子』がこの作品を契機に生まれた理由がよくわかった気がした。
天才同士の化学的な連鎖反応、みたいなことなのだろう。


佐々木良『太子の少年万葉社、2023年

この本、たしかAmazonのおすすめで見つけて、見本ページの「令和奈良弁訳」をいくつか見た後、すぐに近くの紀伊國屋書店の在庫を確認し、全3巻を購入した。
本書はその第2巻、聖徳太子の歌が一首掲載されている。

こんなに楽しくおしゃれでナウでヤングな万葉集は、読んだことがない。
カフェあたりでうかつにパラパラめくると、つい吹き出してしまってあぶない。
古典と現代をリミックスした愛すべき名作たち、『なんて素敵にジャパネスク』、『桃尻語訳 枕草子』、『いいね!光源氏くん』の系譜に連なる作品として、堂々の殿堂入りを果たす。
装丁もデザインも素敵で、わがやのインテリアとしても、いいアクセントになっている。

コロナの特別給付金10万円で出版社を作った作者・佐々木良さんのお話も、またすごい。


佐々凉子『エンド・オブ・ライフ集英社文庫、2024年

佐々凉子さんの名前をはっきり認識したきっかけは、こちらの記事だったと思う。
書名は目にしたことがあり、年齢も近く、脳腫瘍を患っているとのことで気になっていた。

『太子の少年』を買いに行った紀伊國屋書店で、9月1日に亡くなった佐々凉子さんの著作が平積みになっていた。
そもそも学会では、友人が発表するパネル「何が「ケアする人」を支えるのか」に参加する予定だった。
そこに何かしらのつながりがあるようで、きっと縁なのだと思い、本書を手にとったのだ。
旅行中に読み始め、最終日の朝、ホテルのロビーで読み終わった。

この本の主役、森山さんは「二〇〇人以上を看取ってきた」訪問看護師で、著者の佐々さんとは在宅医療の取材を通じて知り合った友人同士だが、四八歳で「すい臓がんを原発とする肺転移」との診断を受ける。
「予後は短ければ半年」という森山さんは、「実際にがんを患った患者本人から見た実践看護の本」の共同執筆を佐々さんに依頼する。
「僕はあきらめていませんよ」「僕は生きることを考えてます」と語る森山さんの、それからの最期の日々が、佐々さんの母親をはじめとする何人かの姿と交錯してゆく。

看取る人が看取られる人になる、それは太陽が昇っては沈むように、咲いた花が散って季節が移り変わるように当然のことなのだけれど、それと同時にそれぞれが一度きりの、決してやり直しのきかない出来事でもある。
この本を読むことも、きっとある種の看取りであって、こうやって予行練習のようにその時の準備をしているのかもしれない。
そう思った。



朝ヨガ帰り、以前住んでいたマンション近くにて



あてのないおみやげ二つくたびれたスーツケースにつめて家路へ



2024/11/02

LOVE LOVE LOVE

 
ねぇどうしてすごく愛してる人に愛してると言うだけで ルルルルル涙が出ちゃうんだろう...

DREAMS COME TRUE「LOVE LOVE LOVE」 

涙が出るかどうかはともかくとして、そして「愛してる」はやはりどこかしっくりこない言葉だとしても、それでも、「すき」や「だいすき」を相手に面と向かって言う時には、なにかしらグッとくるものがあるのは確かだ。
どうしてなんだろう。

札幌に新しく(とはいえ設立は2018年だからもう6年前)誕生した「さっぽろ創生スクエア」は、できたばかりの頃、ONちゃんが挟まっているのが可愛くて、近くの交差点から写真を撮った記憶があるものの、頻繁に足を運ぶようになったのはごく最近だ。

私が主に利用するのは「図書・情報館」で、新しい施設だからキレイなのはもちろんのこと、閲覧室で飲み物OK(一部エリアは飲食可)なのがうれしい。
いままでは、少し離れた地下街の大通カウンターで予約した本を受け取っていたのが、この図書・情報館で受け取れば、その場で借りた本が読めるし、イマイチだったらすぐ返すこともできて、すごく便利だということがわかった。
家から歩いて20分、ちょうどいい運動にもなるし、たくさん本を予約した時は自転車を使う(直結の駐輪場が料金100円。それにしても最近、札幌中心部の自転車利用は肩身が狭くて仕方ない)。

この日は歩いて来館し、借りた本3冊をパラパラ眺めてみたり(ぜんぶアタリ)、館内の映像が面白かったので、係の人に許可をとり動画を撮ってみたり、なんだかゴキゲンだった。
そして、次の目的地に向かおうかなと思ったところで、隣のギャラリーで展示会をやっているのに気がついた。

「第8回 グルッペ空展」

グルッペ・・・Gruppe、「グループ」を意味するドイツ語だ。
カタカナがなんだかちょっと可愛いなと思いつつ会場を覗いてみると、木彫、絵画、陶器、刺繍、いろいろな作品が並んでいる。
ちょうど係の人が席を外しているようだったので、面白半分に中へ入ってみた。

じっくりみてまわると、どの作品にも個性と味わいがあり、なんだか作家さんの人柄まで伝わるようで、じんわり楽しくなってくる。
ひとまわりして入口に戻ったタイミングで、係の人が戻ってきたので、入口すぐの場所にあった木彫りの仏像について、どうしても気になったことを聞いてみた。

それをきっかけに、ご自身の作品も案内してもらう。
すると、その方の名字が、私が中学生の頃に好きだった子と同じだということがわかる。

年をとってよかったなと思うのは、こういうときに図々しいかな、とか、恥ずかしいかも、とか考えずに、思いや考えをすぐ口に出せるようになったことで、私は、「あの、もしかして(私の出身地である)岩手にご親戚とかはいませんか?」と聞いてしまう。

その方が「?」と戸惑い顔になったので、「いや、実は中学生の頃に好きだった子が「〇〇」という名字だったんです」と告白する私。

話しているうちに、その方のお父様の出身地が私の父の出身地に近いことが分かり、やっぱり、と盛り上がったりして、私はなんだか35年越しの告白ができたようでうれしくなって、グッとくる。

帰り際に芳名帳に名前と住所を書き、ついでにこのブログとドイツ語レッスンの宣伝もしたら(図々しい…)、差し入れでもらったのだからと、お菓子をいただいてしまった。

あの頃の私が、今日の私を見たら、なんて思うだろう。
よく伝えられたね、と褒めてほしいな、と思ったりする。

ドリカムの歌にも、この歌が主題歌のドラマにも、それぞれに当時の私や友人たちの愛とか恋とかにまつわる思い出が、ふわふわと漂う。
このPVはたぶん初めて観るけど、3人時代のドリカムにグッとくる。 



音楽に愛されている君が歌うスピーカーから秋が始まる