ヤングガールズこと
Kちゃん、Sちゃん、Kちゃん、Sちゃん(年齢順)に
とつぜんだけど、私には「恩師」と呼べる先生が3人います。
今日はその恩師たちのうち、大学1年生の時に出会った古賀先生の話をするね。
古賀先生はイタリア語の先生なんだけど、もともと出版社に勤務していて、そこから大学の先生になったという変わった経歴の持ち主。
でも、経歴以上にその人柄がとてもユニークで、第三外国語でイタリア語(第二はもちろんドイツ語)をとった私は、イタリア(語)が好きなのか、それとも単に先生が好きなのか、もはやよくわからないくらい先生の大ファンでした。
だから私が大学2年生の時に、先生がサバティカルでイタリアに行くと聞いて、え、じゃあ私もイタリア行きたい!となったのは当然の流れでした。
いや、今思えば、それは当然なのか?だけどね(笑)
そのイタリア旅行は、私の人生に決定的な影響を与えているんだけど、それはまた別の話。
そうだ、古賀先生がどんなにすごい先生か分かるエピソードをひとつ、教えるよ。
あれはたしか、1年生の前期か後期の定期試験、その最後の問題がすごかった。
「人間と世界を永続的に支配するものは何か。そしてその支配を打ち破るものがあるとすれば、それは何か。自分の考えを書きなさい」
・・・すごくない?
なんの授業だったかって?
もう覚えていないけど、たぶん、西洋文学とか西洋文化論とかのたぐいじゃないかな。
でも、その授業の内容とこの試験問題は、たぶん、きっと、ぜったい関係ないと思う。
私がどんな答えを書いたかはもう忘れちゃったし(「時間」と「暴力」とかそんな感じだったかも)、じつは30年後に聞いたら先生自身も覚えてなかったんだけど、でも、私はエライから、ちゃんと当時、先生に「あの問題の答えは何だったんですか?」って聞いたのよ。
その答えは―――「言葉」と「愛」、でした。
当時は、やっぱりイタリア語の先生だから「愛」なのかな、とか考えていたんだけど、それから30年を経て、私なりに人生の酸いも甘いも知って思うのは、「言葉」と「愛」、ほんと、それに尽きるよな、ということ。
まあ、でも、これもまた今日の話の本題ではないんだけどね。
とにかくそんなふうに、人生に対する決定的な影響とインパクトを、私は古賀先生から受け取ったのです。
さて。
今日の本題であり、古賀先生から教わった大切なことのひとつを、ここで君らに伝えます。
それは「自分にとって本当に大切な何かは、やたらと人に話さないほうがいい」、です。
あれは、たしか学部3年か4年か、私が就職しようか院に進学しようか迷っていた頃のことだと思う。
古賀先生とふたりでお食事に行ったことがあるの。
男性教員と女子学生が二人きりで食事なんて、現代ならもう一発アウトかも?と思うけど、そこはほら、30年前だしね。
で、私はたぶん「信仰と知がうんぬん」みたいな、当時の自分にとってむちゃくちゃ大事だと思うことを先生に話したの。
そしたら先生は、少し困った顔をして、それを言ったのよ。
言葉通りじゃないかもだけど、大意として「自分にとって本当に大切な何かは、やたらと人に話さないほうがいい」。
その時の私は、ちょっとびっくりして、え、なんで?と思ったし、たぶんすこしだけ先生にがっかりもしたと思う。
だけど、それからいろいろな経験をする中で、やっぱり古賀先生は正しかったと、だんだん分かってきたのです。
自分にとって大切な何かを誰かに話すとき、ひとはとても無防備になるんだと思う。
それはつまり、すごく傷つきやすい状態になるということ。
相手が自分の言葉をちゃんと受けとめてくれるなら、それでいいじゃない?と思うかもしれない。
でも、相手がちゃんと受けとめてくれても、それは自分が大切に思っているほどには「ちゃんと」じゃないかもしれない。
相手の反応が自分の思いに及ばないことは、じつはよくあることだし、でも、それが自分をすごく傷つけることだってある。
そういう傷はなかなか癒えなくて、つらい思いを長く抱えなくちゃいけないかもしれない。
だから、孤独な思いや寂しさを味わうかもしれないけど、目の前にいる人をちゃんと見て、それでもそれを話そうかどうしようか迷うなら、「今は話さない」という選択をしていい。
あれから30年の月日を経て、私はそう思う。
自分の気持ちを話すことはいいこと、っていうふうに当時の私は思っていたし、世間的にもそういう風潮があったと思う。
もしかすると、いまでも世間はそうかもしれない。
でも、無防備な自分をさらして、思いがけない反応が返って来て、それで立ち直れないほど傷つくこともある。
その傷は、ほんとうに致命傷にもなりかねない。
私は運よく今まで生き延びてきたけど、そうじゃなかった人たちもいて、私は、そんな彼ら・彼女らをかなしく思い出す。
だから、大切なあなたたちには、そんな傷を負ってほしくないし、負う必要はないと知ってほしい。
そのために、「話さない」という選択肢をちゃんとおぼえておいてほしいんだよね。
以上、親父ならぬオバさんの小言でした。
そうだ、こんどみんなで集まるときにでも、イタリア旅行の写真を見せるね。
私にも二十歳の時があったのよ、実は(笑)
 |
| ハタチの私@サンタンジェロ城 |