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2025/01/15

あれから2年、とGoogleは言う

快速エアポートが新千歳空港駅に到着し、suica残額が100円以下だったので、チャージしておくわ、と券売機に向かう。
手提げの中を探すと、あれ・・・?まさか・・・?
いや、そんなはずは、とリュックを探る。
でも、今回は余裕もあったし念入りにパッキングしたので、リュックにいれていないことは確かなのだ。
と、言うことは・・・
いーやーだーーーー!お財布忘れた〜〜〜!!

えっと、お財布忘れました(てへ)と夫に申告すると、ピキン!と夫の顔が固まる。
あはは、コワイよー。
何か言おうと口を開くものの、とりあえず券売機でチャージしなくちゃだし、お説教は後にしよう、と考えたその流れが手に取るようにわかる表情で、黙って1万円を差し出す夫。
いや〜すみませんね〜〜と、あくまで明るく場を盛り上げる道化になってへらへらヘコヘコ1万円を受け取り、顔を引きつらせてチャージする私。

手荷物検査を通過して搭乗口に着いたのが、出発の1時間前。
あーあ、たっぷり怒られる時間があるなあと思いつつも、出発早々こんな災難にあうなんて(いや、私が悪いんですが)、これでもしかして定期検診の結果は大丈夫かもしれないと、私は少しだけ呪術的思考の渦に呑まれていた。

聴神経腫瘍の手術をしたのは2023年1月6日、今回の東京行きのちょうど2年前のことだ。

去年の定期検診は、東京出張中だったのと、前日の飲み会で飲みすぎたのとで、不安になる暇もなかったし、なんなら予約時間に遅刻して係のひとに怒られたほどだった。
今年は無職ゆえに仕事もなく、だから、準備する時間も、考える時間も、たくさんあった。
退職してからの浮き沈みを思い返し、ストレスは万病のもとだから、もしかして、と心配になり、この心配もまたストレスになるんじゃないか、と、ぐるぐる悪循環にハマるくらいの時間はあったのだ。

朝8時から採血、たっぷり30分&途中で造影剤注射のMRI、続いて先生の診察があり、机上のモニターに画像が表示されて、ひさしぶりに私の頭の中と対峙する。
えーと、と画像に顔を寄せ、うん、大丈夫だね、という先生の言葉に、ホッとする。

その後、ごはんを食べると涙が出るんですけど、と聞いてみると、先生は「ワニの涙だね」とニヤリ。
続く「僕の経験上、そうだなあ、一割くらいのひとは治ってるよ」との言葉はうれしい驚きだし、美味しくなくても涙が出る人もいるとのこと、美味しい時に涙が出るならいいのかも、とも思う。

そういえば、病院にいた時はぜんぜん涙に気づかなかったよなあ、と入院中のごはん写真を眺める。
このごはん写真、思いがけず入院が長引いて、後半はもう写真を撮る元気も無くしていたな、なんていうことも、今となっては懐かしく思い出す。
(ちなみに、この後札幌で2週間ほど入院したときもごはん写真を撮ったのだけど、すべて私の名前入りメニュー表が写っているのでここでは非公開。関心のある方は共有するので、お知らせください)

診察の後は、入院を通じて知り合った病友たちとランチ。
前回の会合から今までの出来事、不安や怒り、喜びと楽しみ、話は尽きずどんどん深まる。


いつもはアクセサリー入れにしているポーチ、
東京滞在中のお財布としてだいかつやく〜☆




換羽期に肩を寄せ合う友のゐて囀るように続くおしやべり


2024/07/09

ワニの目にも涙

泣き、といえば、の話。

聴神経腫瘍の手術をすると、手術をした側の目が閉じにくくなったり、涙が出にくくなることがまあまあの頻度であるらしい、ということは事前に知っていた。

私自身の手術は左側で、じっさい手術後に左目が閉じにくくなり、入院中はアイパッチというのか、薄いテープを左のまぶたに貼って寝ていた。
目薬なんて今までほとんど使ったことが無かったのが、お医者さんに、もうバシバシ差しちゃってくださいと言われて、目薬差しスキルもだいぶ向上した。

しばらくは泣くヒマもないほどだったけれど、落ち着いてから、あれ、そういえば泣く時に左目から涙が出ないかも、と気づいた。
そしてほぼ同時期に、あれ、そういえばごはんを食べると左目から涙が出るかも、ということにも気づいてしまった。

つまり、悲しい時は右目だけ、おいしい時は左目が涙するのだ。

病気つながりで仲良くなった病友(なんて言葉があったかしら?=>あった)たちにその話をしたら、悲しい涙はちゃんと出るけど、おいしい涙は出ない、ていうか、おいしい涙って何、と笑われた。

でも、どうやら聴神経腫瘍の術後には、そういう現象もあるらしい。
この論文でいわれてる「ワニの涙」、そういえば聞いたことがある。
そうか、ワニになったんだ、私。


ドイツの母からもらったチョコでブラウニー。ラスト1分で焦げた(涙)



オレンジの部屋は今しも飽和してあふれる涙みたいな言葉



2024/06/02

ひとりでできるもん! あるいは冷静とうぎゃーのあいだ(後編)

初めてヨガをしたのは、ドイツ留学中だった。
大学が提供しているアクティビティの中にヨガがあって、キャンパス内の体育館で週1回、無料で参加できたのだ。
人気のクラスで毎回フロアはいっぱいだったけど、運動量多めで楽しく参加できたし、周りの参加者に比べて自分は体が柔らかいことに気づいてちょっと得意になったりもした。

それ以来、住む場所や環境がめまぐるしく変わっていく中でも、通えるクラスや使える動画を探しては、その時々の経済状況に合わせた練習をして、大げさではなく人生の荒波をヨガとともに乗り越えてきた。
コロナ禍の副産物でオンラインヨガを始め、聴神経腫瘍が見つかった後は、むしろ手術に備えて体力をつけるべく意識して練習し、検査入院の時に病室のネット環境が良くないことが分かったので、手術入院の時には、厳選ヨガ動画とネックバンド型の軽量ヘッドフォンを用意して、入院中は朝の検温から朝食までの時間をヨガの練習にあてていた。

そう、ベッドの上とベッド脇に両足を開いて立てるスペースがあれば、じゅうぶんにヨガはできる。
とはいえ、対面・オンライン・動画いずれにせよ、「先生」が私には不可欠だった。
ヨガ歴が長くなり、できるポーズが多くなっても、呼吸のテンポや注意する箇所を先生にガイドしてもらえるのが心地よくて、だから、オンラインヨガでは、可能な限りカメラをオンにして、たまに先生に声をかけてもらえるのもちょっと楽しみだった。

この春、仕事を辞めることになり、職場近くのスタジオとお気に入りのオンラインクラスのどちらも解約することを決めた。
ヨガもできない毎日が1ヶ月ほど続き、ようやく再開できたのは連休明け。
そこで、なんとなく、自分ひとりでやってみようかな、という気持ちになったのだ。

自分でポーズの構成を組み立てるのは面倒なので、順番に決まったポーズをとるアシュタンガヨガのさわり部分をやることにして、以前使っていたアシュタンガヨガのポーズ一覧と、未読だった教科書をひっぱり出し、いざスタート。

自分の頭の中でカウントしながらのヨガは、ひさしぶりのポーズによろめいてうぎゃーとなるし、寂しさとか不安とか、先生がいるヨガではありえないような気持ちがよぎる。
ヨガをしている間じゅう、ふらつくのはやはり聴神経腫瘍の後遺症なのかもと思ったり、呼吸が浅くて深まらないことに気づいたり、朝ごはんのメニューに思いをめぐらせたり、なんとも落ち着かない。

それが、数日練習していくうちに、ふらつきがおさまり、ポーズの安定と共に呼吸も深くなり、朝ごはんのことはつい考えてしまうけど、ひとりヨガを楽しみ味わえるようになった。
ヨガ後に3行メモを残して、翌日の練習はそのメモと教科書を読んでから開始するというルーティンもできた。
ヨガもひとりでできるんだ、と思えることが、いまの私のくらしの全方面に少しずつの自信を与える。

数日前、市の広報誌の片隅に「お寺ヨガ」の告知を発見して、初めて参加してみた。
山の中にある新しいお寺の納骨堂ホールの片隅で、大きな窓にあふれる緑、ほのかなお線香の香り、そしてやさしく落ち着いたガイドに包まれるヨガ。
ああ、やっぱりこういう練習もいいな。
ひとりでもできるからこそ、誰かから与えられるとより味わえる。
パン作りにもたぶん通じるんだろうな、と思う。

パンの切れ目(クープ)を入れるクープナイフを導入。奥が深い!


人生の思いもよらぬ場所にいて予報通りに風は強まり




2024/02/09

すべてがFになる

年明けに受けた健康診断の結果が届いた。

総合判定は「F」。これまではずっと「A」で、今年も左の聴力の「F」を除けばすべてA判定なのだけれど、総合すると、F判定ということになってしまうらしい。

私は、1年前に「聴神経腫瘍」の手術を受けた。
聴神経腫瘍は良性の脳腫瘍で、私が診断を受けたのは2022年8月8日。
診断から手術、そして退院後の生活まで、くわしい記録を残すことも考えたけれど、手術の経緯に対する批判・不満を書かざるを得なくなりそうなので、詳細を記すことはやめておく。
それでも、健康診断では毎年A判定、出産の経験もなく、他に大きな病気もしたことがない私と家族にとって、手術と入院は一大ライフイベントとなったし、今とこれからの私は、この経験なしには語れないと思う。

聴神経腫瘍の治療には、大きく分けて、経過観察、ガンマナイフ、手術の3つがある。
私の場合、見つかった時点で3cm超の大きな腫瘍だったため、医師の見解としても自分で調べた限りでも、手術一択だった。
診断を受けた時、聴力が低下している感じは主観的にはなかったけれど、腫瘍のある左側を検査してみると、聞こえはすでにかなり悪くなっていて、手術後にはおそらく聴力を失うことになるだろう、ということは事前に分かっていた。
そして、手術で腫瘍が摘出された後、じっさい左側がほぼ聴こえなくなり、現在に至る。

後遺症として心配されていた顔面神経麻痺はほとんどなく、舌の左側がしびれる感じがまだするものの、こちらは徐々に回復しつつあるのを感じる。
でも、聴力の方は、この先戻る見込みはなく、補聴器もあまり役にたたないらしい。

だから、私がこれから受ける健康診断は、ずっとF判定ということになる。
いや、だからどう、というわけではない。ショックと言えば、過去の記録と比べて、2019年から体重が3キロ増えていることのほうが、よっぽどショックではある。

それでも、健康診断の結果通知の表紙に書かれた「あなたの総合判定は【F】 通院継続が必要です」という文言に、ちょっとハッとしてしまった。




病窓に始まる暮らしひとつあり白いロザリオ小さな天使