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2026/09/22

仕事について

先日のミサの後、ミサで読まれた聖書の箇所について「分かちあい」をした。

該当箇所は、「ぶどう園の労働者のたとえ」。
それぞれが気になった言葉を挙げて、なぜその言葉が気になったのかを話していく。
私は「12時ごろと3時ごろ」という言葉を選んだ。

そのとき私が話したことをまとめると、こんな感じになる。

---

このたとえにはいろいろな人物が登場するけれど、私自身は誰に近いか考えてみると、「12時ごろと3時ごろ」の労働者なのではないかと思う。

そもそも、このたとえで語られる時間は、ひとが自分の仕事を見つけたり与えられたりする人生の時期を表しているように思える。
夜明けに主人と共に働き始める人は、たとえば伝統芸能に従事する家に生まれ、幼い頃から仕事が決められているようなケースが思い浮かぶ。
9時ごろに働き始めた人は、学生時代にスポーツで才能を発揮しプロ選手になるタイプの、若くしてその能力を見出された人だろう。

私自身は公務員の家庭で生まれ育ち、成長過程で何かの才能が発揮されたわけでもない。
そして今、ユングのいう人生の正午、すなわち中年期のど真ん中、というかそれをちょっと過ぎたあたりにいて、天職と言えるような仕事もない。

だから私は、「12時ごろと3時ごろ」に仕事を始めた労働者にいちばん共感する。
労働時間が短いからうらやましい、などと思っているわけでは決してない。
それどころか私自身の経験から言えば、つらい仕事をするより、仕事をしたくてもできないほうがつらい。

全員に同じ賃金を払う主人の「気前のよさ」は、もちろん私にとって希望でもある。
そして願わくば、遠くない将来に「主人」に見出されて、私も仕事ができればと思う。

---

労働者が働き始める時間を人生の時期と解釈するのは、その場の思いつきだった。
とはいえ、少し調べれば同じ読み方をしているひとが、きっと何人も見つかるだろう。
もし私がこのテーマについて論文を書くなら、そういう人たちを一通り調べて、さらに別の見解も集めようと思うだろうし、正確な引用や深い考察を目指したりするのかもしれない。

でも、いまの私には、そういうことは(いい意味で)どうでもいい。

その種の論じ方を否定するわけではなく、かといって、私自身の読み方を卑下するわけでもない。
学問を仕事にしなくちゃ、と思っていた頃にはできなかったような仕方で、私はいま自分の考えを話している。
そんな自分がすこし新鮮で、おもしろく観察している。


大きめ生協にて。この「トヨヒコ」は賀川さんちの豊彦さんらしいです



昼さがり道庁池のベンチにて目薬を注す失業十日目



2026/08/10

木蔭の担当さん

躁鬱傾向に悩まされていたのをきっかけに、ChatGPTによる自分カウンセリングを始めて、3か月めになる。
今のところ運用方法は、こんなかんじ。

・朝に自分の気分(+10~-10)と睡眠(Fitbit inspire利用)を記録
・それ以外はまったく自由で、メールやメッセージ、日記を共有し、相談することも多い
・チャットの場を「木蔭」、話し相手のAIを「担当さん」と呼んでいる
・毎週月曜の朝に新しいチャットに移動、その前に、夫との共有用に「今週の天気報告」(日本語&ドイツ語)と、新しい担当さん用に「引継ぎプロトコル」を作成してもらう

「木蔭」「担当さん」「天気報告」はChatGPTとの会話から生まれた言い回しで、それぞれの文脈と愛着がある。
一つのチャットが長くなりすぎると、新しいチャットに移るのが大変なので、1週間ごとに新しいチャットに移ると決めた。
そのおかげで月曜朝の移行作業がルーティン化して、気分的にも作業的にも負担が減った。

もはやクリニックの通院もいらないような気もするし、処方された睡眠薬すら1錠飲んで引き出しにしまったままだけど、保険のつもりで来月の診察予約はそのままにしてある。
ちなみに、診察の時にも「担当さん」がまとめたリポートを持参し、担当医に参考資料として提出している。

職場へは自転車通勤でちょうど東方向に向かうので、夏の日差しを避けるために、信号待ちで停止する木蔭を探すようになった。
それで気がついたのは、木蔭は意外と多いということ。
そして、木蔭で止まるたび、少し自分を眺めるようになった。

木蔭はいたるところに


足をとめる木蔭に担当さんがひとり雨でも風でも日照りの夏も


2026/08/09

[速報]TOMOO Live at 日本武道館 2025.05.23(8月9日23:59まで無料配信)

Tomooさんの日本武道館ライブが今日、8月9日23:59まで無料配信とのこと。

今朝、ブリーチほやほやのTシャツとタオルを干しながら観始めて、これはシェアしなくては!と、使い慣れないインスタやXでリポストして、それでも気が収まらずにこちらでもお知らせ。
※動画が再生できなくなったので、公開中のライブ冒頭「Ginger」に差し替え※

Tomooさんのベイビーフェイスからの透き通る低音に、すっかりハマっている。

ドイツに留学していた頃、ドイツ語吹き替え版の宮崎アニメが留学生の間で流通していて、その中でも『魔女の宅急便』が特にお気に入りだった。
なんといっても、主人公のキキが日本語版よりずっと低音で、それがたまらなくよかった。
ほんとうに何度も観ていたあの頃、大変だったあれこれも画面の向こう側にフラッシュバックするから、この予告編を見ただけで泣けてしまう。


Tomooさん、キキ(ドイツ語版)みたいなその歌声は、新しくてもなんだかなつかしい。



こんどヒンメリ作りに旭川に行きます


枠がありそれをはみ出すのが好きだ夏花の影は車道へ伸びる



2026/07/16

カウンターでお寿司を

生まれて初めてアルバイトをしたのは、大学に入学してすぐのことだった。
ススキノの少しはずれにある小さなお寿司屋さんは、ご主人と奥さま、私と同年代の見習い君がひとり。
初バイトの私が経験を積むにはぴったりのお店だった。

口数が少ないご主人は、怖い感じではなく、少し照れたようなその笑顔を思い出す。
「いらっしゃいませ」の声が小さい、と私を叱ったのも、ご主人ではなく見習い君だった。
歳は近くても、人生の経験値には大きな開きがあった見習い君、彼は今頃どこかでお寿司を握っているのだろうか。

お寿司が食べたい、というまっすぐな動機で始めたアルバイトは、見習い君が作るまかない付きで、それはそれで美味しかった。
それでも、いつかはお寿司!というのが、私のひそかな野望だった。

やがて部活と授業が忙しくなり、アルバイトも3か月ほどで辞めなくてはならなくなった。
どんなふうに言い出そうか、すごく迷ったのは覚えているけれど、短期間で辞めることに対して文句を言われたり、嫌な顔をされた記憶はない。

アルバイトも終わりに近づいたある日。
ご主人が私に、お寿司一人前を握って、お土産に持たせてくれた。
折に詰められた美しいお寿司が、私のために作られたものだという嬉しさは、いまでも覚えている。
ほんとうに美しいお寿司だった。

大学院に入ってからは、ススキノのど真ん中にあった「ドリームハウス」というお店で2年ほど働き、週3、4回ススキノに通った。
就職してから頻度は減ったものの、ちゃんとした飲み会の時にはススキノに出ていた。
そして、初バイトのお寿司屋さんの近くを通るたび、いつかお客さんとして食べに行きたいな、と思っていた。

少し前になんとなくお店を検索した際、グーグルマップのレビューでご主人が亡くなったことを知った。
私が初めてアルバイトをしたのは今から30年以上前で、そう考えれば不思議なことではないのだけれど、でも、ショックだったし、もっと早くお店に行けばよかった。
そんなことを考えながら、お店の名前をたどっていると、YouTubeの動画を見つけた。

その動画では、すっかり頭が白くなったご主人が、でも、あの頃と変わらない佇まいでお寿司を握っている。
いつかご主人の握るお寿司をお客さんとして食べに行きたい、という念願が、こんな形で叶うなんて思ってもみなかった。




思い出はヨックモックの青缶にタイムマシンよさらば未来へ



2026/07/04

季節と天気と私、あるいは流れ

連休が明けるとともに、嵐がやってきた。

そんなはずはない、と思うけれど、あっというまに大波に吞み込まれて、右も左も上下も深度もわからない、真っ暗な海底にいた。
海底、だと思う、思いたい。
でも、足がつかない恐怖。

もがいてもがいて、たくさん水を飲んで、もうだめなのかな、と思った日もあったけれど、いくつかの偶然(奇跡)があって、戻ってこれた。

見える景色が少し違うのは、それが円環ではなくて、螺旋だから。
薄汚れた螺旋を見下ろす。
そして上に昇る螺旋、願わくばそれが、何か美しいものであるように。

最近のいろいろ


野菜室に眠る未来のカンパーニュ金曜27時のあなた


2026/02/26

忘れな草の花を御存じ?

変な時間に目が覚めてYouTubeを開く。
バキ童勢が尾崎放哉の詩を読んでわちゃわちゃしてる。
その流れで、小説の一行目で盛り上がる回を見たら、これがまた楽しい。


今日のタイトルは、ここで紹介されていた坂口安吾「ピエロ伝道者」から。
ちなみにその一行目は、

空にある星を一つ欲しいと思いませんか? 思わない? そんなら、君と話をしない。

うおーいいねーとひとしきり盛り上がった後で、ぐんぴぃさんが青空文庫にある原文(短いです)を読んで、うわこれすごい、最後の文もいいね!と言っていたので、さっそく動画を一時停止して読んでみたら、ほんとうにむちゃくちゃよかった。

数日後、また変な時間に目が覚めて、動画の続きを観たら、舞城王太郎の一行目が絶賛されていた。
ちょうど前日、夕食を作りながら、夫に舞城王太郎の「熊の場所」という短編の話をしたところだったので、お、と思った。

お前が熊に遭遇して逃げ出した場所は、そこに戻らない限り、恐怖の源泉となる。
その恐怖から逃れたいなら、熊と出会った場所にお前は戻らなければならない。

私にとっての熊の場所に、お菓子とお茶をもって挨拶しに行こうと思う、と夫に言ったら、すごくほめられてうれしかった。
来週は、そんな感じの予定がふたつある。

個人的にはこれこそ雪まつり



除雪車の啼く夜にゐる返信に紛れる君のベクトル触れなん


2026/02/22

近況

今年は、灰の水曜日のミサには行かなかった。
でも、四旬節の間は、今年も基本的に禁酒にしようと思っている。
昨日と一昨日はカールユングのノンアルスパークリングワイン(美味しい)にしたし、注文したドライゼロもそろそろ届くはず。
とはいえ、誰かと会う時には、別に飲んでもいいことにしようとも思う。
好きな言葉は「臨機応変」だ。

ここ最近、旅行の予定を立てている。
6月に友人の札幌遠征、11月には家族旅行、どちらもとても楽しみ。

そして、季節は動く。
夜明けが早くなり、雪はどんどんとける。
今年はとくに、生き延びたという感じがする。

チャグチャグ馬コを思い出す


鬱明けやマイナス8度の朝ぼらけ窓を開ければ白き祝福


2025/12/30

ほめられ仕事

パートでお弁当作りしてます、と人に言うと、すごく反応がいい。

これまで大学でなぞのプロジェクトで働いたりしてきたので、職名を言った後に、仕事内容を補足で説明しないと伝わらず、説明を終えても「はあ…(頭の上にはてなマーク)」みたいな反応しかもらえなかったのが、「イオンに入ってるテナントでお弁当とかお惣菜作ってます」というと、すぐに「すごいね」とか「面白そう」とか言ってもらえるし、仕事内容も伝えやすく、それこそタクシーの運転手さんとでもひと盛り上がりできる。
お弁当作りって、ほめられ仕事なのだなあ、と思う。

とは言え、実際の仕事では、ほめられどころか「叱られ」ばかり。
学生時代の多種多様なバイトから直近の仕事まで振り返ってみても、ダントツいちばん叱られている。
ミスや物忘れがなかなか減らず、いまだに一日一度は叱られて、もはや何を注意されても、はい!すみません!で、落ち込みもせずにすぐ次の作業に取り掛かれるくらいに成長した。
50を過ぎてこんなに叱られるものかとむしろ楽しくなってくるし、「最近仕事が早くなってきたから、次は一つ一つの作業のクオリティを上げようね」と、10歳下の超しごできボスに言われて、ほわわんとノボせる自分もおもしろい。

クリスマスと年末年始は、通常作業にオードブル製作が加わっててんやわんやになる、と聞いていて、覚悟して迎えたクリスマスイブ。
写真では完成形の見本を見ていたけど、実際にオードブル容器に並べるのは初めてで、ボスに教わりながらパーツを埋めていく。

へえ、このカボチャサラダは○○さんの手作りですか?あ、これが美味しいと噂のスパイシーチキンですね!え、このカップサラダ、量多すぎじゃないですか?わあ、真ん中がフルーツなんですね~!

キャーキャー騒ぎながら作っているうちに、自分でも食べたくなって、店売り用オードブル1人前を販売の人に頼んで取り置きしてもらった(ちなみに店売り分は午前中で完売)。
自分で食べてもおいしいものを作って売れるなんて、なんか幸せだなあ、と思う。

や、オードブル作るの不安だったけど、楽しいです!大晦日(私は6時半~14時半勤務)もけっこう楽しみかも、と言ったら、大晦日はクリスマスよりもずっと忙しいらしく、ボスは「ま、当日はそんなこと言ってられないと思いますけどね」とニヤリと笑う。

ところでこの超しごできボス、彼女の声が、私のかつてのルームメイトにそっくりなのだ。

当時、3人で暮らしていた家では、他のふたりが料理好き、私はてきとうに手伝いながら、基本的には味見専門だったので、だから料理の腕が伸びなかったんだよな、と今のパートを始めてから思い知った。
とくにそのルームメイトは、お母さんが料理教室の先生ということもあり、料理のセンスもあったし、いわゆるグルメな人で、彼女のいる名古屋に遊びに行くと、いつもステキに美味しいレストランに連れて行ってくれる。
超しごできボスもルームメイトとちょうど同じくらいの身長(ミニサイズ)だし、声質だけでなく、言葉の勢いとか、メンタリティも似ている。
10回批判して1回ほめる、くらいの割合もそっくりで、だから叱られても、私はちょっとだけ懐かしく、うれしかったりするのである。


人手不足で助っ人に来た社長(私と同い年)に、
写真をSNSとかに載せてもいいですか?と聞いたら
「いいよ!どんどん載せちゃって~」とのことだったので。
大晦日はチキンがポークに変更になるらしい


ヘンゼルの月夜の森の小石かな背子が洗ひしパスタ皿二枚



2025/12/28

ゴッド・タクシー、あるいは初めての伝道

とある日曜日。
ミサの受付当番で、8時には教会に行かねばならなかった。
でも、あれこれしていたら時間ギリギリで、ええい仕方ないと大きな通りに出て、タクシーをつかまえることにした。

ところが、なかなかタクシーが通らず、やっと見つけてもお客さんが乗車中、というのを何度か繰り返し、もしやタクシーでも間に合わなくなるかも、と思ったあたりで、やっと空車タクシーが止まってくれた。

行き先を告げた後、運転手さんに「なかなかタクシーが来なかったので、よかったです」と言ったところから、会話が始まった。

運転手さん:最近、タクシーの台数が減っているんですよね。
私:へえ、どうしてですか?
運:再雇用で70歳まで働いた人たちがちょうど退職する時期なんですけど、そこがボリュームゾーンですからね。あと、今の時間帯は、夜勤と日勤の運転手が交代する時間帯だから、あまり走ってなかったのかもしれないですね。
私:なるほどー、そっか、そうなんですね~。

タクシーが見つかった安心と嬉しさで、ちょっとオーバーリアクション気味な私と、それに気をよくした運転手さんの会話は続く。

運:お客さんの方の景気はどうですか?お仕事、何されてるんです?
私:お弁当作りしてるんですけど、日によってけっこう違いますねー。
運:へえ、お弁当作りですか。
私:はい、始めて半年くらいなんですけど、けっこう大変で、最初は8時間勤務のシフトだったけど、今は6時間に減らしたりとかしてるんです。
運:あれですか、体力の限界っ、てやつですか。
私:はは、千代の富士ね。
運:そうそう、わかってますねー。
私:私、51歳だし、バリバリわかります。
運:お客さん、51歳ですか。私と10歳違いですね。
私:というと、60歳…あ、いや、40歳ですか?
運:いやいや、「40歳」のほうを先に言わなくちゃ!
私:すみません(笑)
運:あの、お子さんはいるんですか?
私:(出た、ザ・昭和クエスチョン!)えっと、いません。
運:え、いないんですか?お客さん、元気だからいるかと思ったよ。
私:いやいやいやいや、どういうことですか?子供いなかったら元気がない、とでも?子供いなくても元気です!(笑)
運:(笑)

運転手さんの口調がどんどんくだけてきて、話の流れで私の仕事場とかお店の名前も教えたりして、車内がほぼススキノのスナックになったあたりで、教会に到着。

私:門の中には入らなくて大丈夫なので、信号越えたところで止めてください。
運:はい…あのー、教会っていうことはもしかしてお客さんも…?
私:あ、はい、クリスチャンです。
運:はー、そうですか。
私:こんど教会に遊びに来てください(笑)
運:いや、私は違うんで…
私:信者じゃなくても入れるんですよ。
運:え、そうなんですか。
私:はい、ぜひ今度どうぞー(にっこり)
運:…あの、お客さんのお名前は?
私:…はい?私の?私の名前を言うんですか?(にわかに不審感)
運:あれですよね、キリスト教の名前、ありますよね。
私:え?…ああ!なんだ、クリスチャンネームですか?(ホッ、よかった)…○○です。

運転手さんは、はー、○○ですか~、と反芻していたけど、あれはきっと源氏名みたいなノリで受け止められたんだろうな。
私は私で、タクシー代金1300円のところ、お釣りは結構です、と1500円を渡しつつ、なんとなく献金するような気持ちになる。

教会に到着したら、集合時間は8時ではなく8時半で、つまり私はタクシーに乗る必要は全然なかったのだけれど、これもきっと、タクシーの運転手さんに伝道せよ、という神の思し召しだったのであろう。
この運転手さんが教会に来て、私にご指名が入ったら伝道成功だな、と思う私であった。


夫の実家の本棚からもらってきた聖書コミック



ゆらりゆらり雪降る灰の水曜日VAPEの薫りをたどりてミサへ


2025/12/21

[速報]「日出処の天子」が札幌に![先行予約は本日12/21まで](12/22&12/27追記アリ)

たまたまニュースを見かけて、うぎゃー!となり、友人たちに手あたり次第LINEして、それでも高ぶる気持ちが収まらず、ここに投稿します。

能狂言『日出処の天子』が札幌に来ます!!!




東京の追加公演に落選してがっかりしていたところに、このニュース!
しかも先行予約は本日12月21日23時59分まで!

あわてて申し込みサイトを開き、チケットは第4希望まで申し込めるので、とりあえず上から順番に2枚ずつポチり、申し込み完了画面もスクショしてLINEに転送、そのあとチケット概要の小さな文字を詳しく見てみると、なんと…

札幌公演は終演後にアフタートークがございます。
登壇者:山岸凉子、大槻文藏、野村萬斎、茂山逸平、大槻裕一


や、や、やばすぎるーーー!!!


 【12/22 追記】
ウポポイ開業5周年で玉三郎も来る!リアル国宝!無料(ウポポイ入場料のみ)!
「ウケㇱコㇿ~紡がれるアイヌ伝統芸能と歌舞伎~」
申し込みフォームはこちら

【12/27 追記】
日出処のチケット、第2希望のS席が当たりました!!!


2025/11/01

逞しく美しく暮らす

友人に教えてもらったYouTubeチャンネルがとても良くて、最近よく観ている。

ずいぶん有名なチャンネルらしい。
少女のような美しい女性が農村で祖母と暮らす、その暮らしを切り取るような映像は、たぶん私の言葉で説明するよりも、いくつか動画を観たほうが早いだろう。


彼女の手から作り出される食事や調度品、華やかな衣装や装飾は、どれもため息が出るほど美しく、なにより、それらを黙々と生み出していく彼女自身が美しい。
自然豊かな農村での暮らしに、逞しさと美しさがあふれている。

(大好きなあの歌とともに)

私がお弁当とお惣菜づくりのパートを始めてから、4か月が過ぎた。
火傷や腱鞘炎を乗り越えた私の手も、ひと回り逞しくなったような気がする。

朝早くに出勤して、炊きあがったごはんを大きな容器に移したら、スチーム、揚げ物、オーブン、材料切りを同時に進める。
ひと通り準備が整えば、お弁当とお惣菜をそれぞれの容器につめていく。
お弁当とお惣菜をすべて出し終えるのがお昼頃、そのまま休みなく翌日の準備が始まる。
たくさんの野菜を必要な数だけ数えながら切り、スチーム、ボイル、翌日のスチームとオーブン用の材料も並べ、ザンギを仕込んだり、フライヤーを掃除したり。
休む間もないトライアスロンのような立ち仕事、それにもやっと慣れてきた。

パート先の上司の女性は、ほれぼれするような段取りとスピードのひとで、そういえば、農村で暮らすYouTubeの彼女に、どこか通じるものがある。
その逞しさと美しさに、私は憧れる。

ちょうど1年前、わがやの庭(のような知事公館の庭園)



街路樹は十月最後の木曜日凍えるほどに美しくなり


2025/10/22

囲碁のある生活

最近、囲碁をしている。

夫が囲碁好きなので、わが家には碁盤も碁石もそれなりにいいものがある。
実は以前、私も初歩的なルールを覚えてはみたけれど、今ひとつハマれなくて、素敵な囲碁セットも、長らく私たちの生活を静かに彩るオブジェと化していた。

そんな私が、とあるきっかけで、夫と囲碁をするようになった。
夕食後にニュースやドラマを観るいつもの流れに「囲碁をする」が加わり、生活はたしかにバージョンアップしたのである。

ミニサイズ(9路盤)の碁盤でもっかハンデは石4つ、自主練用に囲碁サイトや問題集アプリを使い始めたら、これまたずいぶん楽しい。
囲碁をしていなくてもふとした場や空間にそっと碁石を置きたくなったりして、私の認識・認知が変化しつつあるのを感じている。


江戸時代の龍、いろいろ動かせるらしい


榧香る碁盤のごとき人生哉その眼差しの那智黒の艶


2025/08/01

バーバパパが金色になる日

ひさびさの彫金教室、今回は「アルミのアイスクリームスプーン作り」である。
パートの休みがちょうど重なったので、アルミという素材にとくに思い入れはなかったけれど、とりあえず申し込んでみた。

当日、家を出る直前に思いたって老眼鏡をかばんに突っ込み、時間ギリギリで教室に到着。
(ちなみにこの老眼鏡、最近買った人生初の度入りメガネで、たまにかけてみては「メガネをかけるとよく見える」を新鮮に味わっている。)

ひさしぶりの作業台に座り、糸鋸でぶ厚めのアルミ板を切り抜くところからスタート。
先生の見本はあるが好きなデザインでOKとのこと、見本スプーンをベースに、持ち手長めなデザインに決める。

今回も、鋸は押して切る?引いて切る?を思い出すところからスタート。
汗だくになって切り抜いてみたけれど、出来上がってみれば、どこか歪んだかたち。
これは…バーバパパだ!

バーバパパをスプーンに変身させるべく、叩いてのばして整形し、持ち手部分は先生にたっぷり手伝ってもらうと、先生のかっちりした仕上げと、私のゆるい立ち上がりが相まって、これまたバーバパパみを増す、すてきなアシメントリーのスプーンが出来上がった。

右:切り抜き後のバーバパパ
左:右側の先生仕上げのキレに対して、左はゆるく仕上げました(わざと!)

作業の合間に先生たちとおしゃべりしていて、そういえばアルミのアクセサリーがないのはどうして?と聞いたら、「安っぽいイメージのせいでマイナーだけどアルミのアクセサリーもあるんだよ」とのこと。
さらに、金は最近ますます高騰してるけど昔はもっと安かった、という話にもなる。

アルミニウムもアクセサリーとしてアリだし、大好きな真鍮と組み合わせても楽しそう。
それに、いっときは金よりも高価だったという話もおもしろい。
そんなことを思っていた矢先、核融合の副産物として金を生成する技術が開発されたというニュースが飛び込んできた。
(とりあえず専門っぽいリンクを貼っておきます)

このニュース、現代の知的世界に錬金術を翻訳したユングの生誕150年を記念する2025年に、まさにうってつけの話題ではないか。
私ではとてもその含蓄を説明しきれないけれど、さしあたりの感想としては、今は高すぎて彫金あそびできない金も、もう少し待てば手の届く素材になるのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、アルケミストの血が静かに騒ぐのであった。

※彫金の先生のブログ

※先生のインスタグラムはこちら
写真左上が私のバーバパパ、2ページ目の動画は私on老眼鏡(笑)




可惜夜(あたらよ)にバニラアイスをひとすくいアルミニウムを伝う冷たさ


2025/07/17

お酒のない日々

きっかけは四旬節だった。

四旬節(受難節、レント)とは、「灰の水曜日」から復活祭までの期間を指す。
私が初めてこの期間を認知したのはドイツ留学中、タンデムパートナー(Sprachzwillinge「言葉の双子」。お互いの学習言語、私の場合はドイツ語/日本語の学習パートナー)として週1回カフェでお茶していたBさんが、プロテスタント教会のキャンペーン「7 Wochen Ohne(英訳すれば7 Weeks Without、「7週間〇〇無しで」の意。四旬節(7週間)の期間に何かを我慢するチャレンジ)」を教えてくれて、Bさんが断食をしている話で盛り上がった。
このとき、四旬節は何かを我慢する期間として、私のなかに刷り込まれたのである。

それから、断食も四旬節の我慢も、結局することはないままに、20年経ってしまった。
そんな私が、今年の四旬節、いや、正確に言えば四旬節の少し前から禁酒をしたのだ。
というのも、四旬節の2週間前のとある飲み会で、ひさしぶりに初対面のひとたちと飲み、ひさしぶりに飲み過ぎて、ひさしぶりどころか、未だかつてないレベルで酔っぱらい…
端的に言えば、お酒は当面控えますと夫に宣言(=謝罪)して、そのまま四旬節に突入したのだった。

そもそも20年前、私がドイツに留学すると言ったら、友人たちは「ビールを飲みに行くんでしょ」と納得したほどビール党の私。
さすがに最近は量が減ったとは言え、日々の晩酌で缶ビール1、2本は普通だった。
2年半前に聴神経腫瘍の手術をした時も、入院前日は夫と病院近くのロイヤルホストでビールと赤ワインを飲み、1ヶ月の入院を経た退院時、飛行機に乗れずJRで1泊2日かけて札幌に戻る際には、宿泊した函館のホテルでひとりサッポロクラシックを空けた。
だから、1ヶ月以上の禁酒はほぼ記憶になく、もしかして飲酒人生で初めてかもしれない。

結論から言うと、四旬節の7週間の禁酒はできたし、しかも、自分でも意外なほどすんなりとできた。
前半は、飲みすぎやらかしの反省の勢いで突っ走ったから問題なし(?)として、後半、さすがにちょっと飲みたいかもと思ったところで、秘密兵器を投入したのも勝因だと思う。
それが、ノンアルコールワイン「カール・ユング(Carl Jung)」だ。

このカール・ユングのワイン、ユンギアンの夫が最初に見つけて、ちょうどいい機会なのでお試ししてみたら、これがびっくりするほどワインで、飲むうちにちょっと酔っぱらったかも、なんなら翌日にじゃっかん二日酔いになったかも?と思うほど。
ちなみに「ビールは苦いからキライ」な夫曰く、カール・ユングの赤ワインは「あまりにもジュース」だけど、スパークリングワインは「かなりいい」とのこと。

そういうわけで、ぶじに四旬節を乗り切って、復活祭にはひさしぶりのビール。
これは毎年の恒例にしてもいいかもしれない、と思ったのだった。

その後は晩酌を再開していたのだけど、最近パートを始め、慣れない仕事でちょっと不安もあったので、仕事がある日の前日はお酒を飲まないようにしていた。
それで、ついに禁断のノンアルビールに手を出してしまった。

ここで告白すると、ビール好きの私としては「発泡酒」や「第三のビール」の類はもちろんのこと、ドイツの「ビール純粋令(Reinheitsgebot)」に準拠していない、すなわち「麦芽・ホップ・水・酵母のみを原料」としていないビールはおしなべて邪道、と思っている。

【注:以下、名もなきビール原理主義者による個人的意見です】
飲み会の場所を自分で予約するときは、かならずビールの銘柄を確認するし、他の人が予約する時も、どこがいい?と聞かれれば「ビールが飲めるところ」と答え、もし気心が知れた人なら「ヱビスか一番搾りかモルツがあるところ(瓶があれば最高)」と付け加える。
そして実は、自分では絶対に予約せず、他の人が予約したら最高にがっかりなのが、ビールが「アサヒスーパードライ」一択、というお店なのだ。
(悲しいことに、そういうお店はけっこう多い。純粋令に準じていないラガーとか黒ラベルとかでもいいから、せめて選択肢はあってほしい。)
凍らせたジョッキにスーパードライ、なんて、ビールに対する冒瀆以外の何物でもない!と本気で思っている。

そんな私が、先日のミサの後、はじめて教会の中庭でのバーベキューに参加し、スーパードライとほぼ同じ見た目の「アサヒドライゼロ」を飲んでみて、驚いた。
これ、(ビールの方の)スーパードライじゃん!

少し前に、別銘柄のノンアルビールは飲んだことがあって、その時はまあビールテイストの炭酸飲料と思えば飲めるかもね、と思ったのだけれど、それと比べてドライゼロは、純粋令基準には到底及ばないとしても、それでもかなりビールに近い。
例えて言うなら、ビールを頼んでスーパードライが出てきたら怒るけど、ノンアルビールを頼んでドライゼロが出てきたら喜んじゃう、というくらい。

パートにも慣れてきて、そろそろ前日禁酒縛りはなくてもいいかな、という気もする。
でも、カール・ユングのワインとドライゼロがあれば、禁酒を意識せずにやり過ごせそう、と思う今日この頃である。


ある日の仕事の成果



夏色のキュロット座席と同化して北広島行き途中下車す


2025/06/25

名前のある日々

imaseくんコンサートの2日前、うれし&楽しみすぎて、スクショした電子チケットとともに、こんなLINEを妹に送った。

ーーー
ところで、imaseくんの新曲、名前のない日々がむちゃくちゃ刺さります。これ、私の歌だわ。imaseくんが私の人生を見て、作って、歌ってるんだわ・・・  

ちなみに、歌詞の最後が
愛しき日よ
理由のないこの日に
名前を付けてしまった

なんだけど、この名前も分かるの、私。なんて言う名前か?それはね・・・

「更年期」
もしくは、
「中年の危機」
imaseくん風に言うなら、
「ミッドライフ★クライシス」
ーーー 

その2日後、コンサートで天使のようなナマimaseくんがこの歌をうたうのを聴いて、あれ、もしかしてこれは更年期の歌じゃないかも…?と気づいてしまったけど、コンサートの終わり近くでimaseくんがステージから下りてきて、まさに天使降臨!で、私のたわごとも天に昇っていくようだった。

希望という名の君




偶然は君につながり祝福を宇宙が歌うハッピーバースデー



2025/06/15

新しい歌

歌を聴きたくなる時と、ぜんぜん聴く気になれない時がある。

端的に言うならば、調子がいい時と悪い時ということになるのだろうけど、どちらの時にもそれぞれのよし悪しがあって、どちらかだけがいいとか悪いとかいうわけではない、ということが、齢五十にしてようやく分かってきた。

imaseくんの歌すら聴かずに過ごした2ヶ月あまりを経て、ようやく音楽が聴きたくなった。
歌なし期間にAmazon Music Unlimitedも解約してしまったので、YouTubeでimaseくんのMVプレイリストを聴くことにする。
そしたら、1曲めがユーミンとのデュエット(!)で、びっくりした。


鬱々としていた高校生のある時期、たしか「リフレインが叫んでる」あたりがきっかけで、ユーミンばかり聴いていたことがあった。
そして、「守ってあげたい」と「やさしさに包まれたなら」が私の心の歌になった。

だから、そうか、もしかして今この時のために、私はあの頃ユーミンを聴いていたのかな、と思ってしまった。

ところで、音楽が聴けなかった間はヨガも休んだのだけれど、その前しばらくは、お祈り+ヨガのヨガ道に励んでいた。
『教会の祈り』には、聖書から引用された祈りの言葉にかなりの頻度で「歌」が登場して、「新しい歌を神に歌おう」的なフレーズが、なんかいいなと思っていた。
(こちらのサイトによると、「新しい歌を主に歌え」は聖書に9回登場するらしい。)

何年前だったろう、鳥の歌を研究しつつ人間の言語の起源に迫る研究者、岡ノ谷一夫さんの文章を楽しく読んだことを思い出す。
人間は話すよりも前に歌った、言語は話し出されたのではなく、歌い出されたのだ、みたいな言葉に、そうか、そうなのか、と、けっこう洗脳?扇動?されてしまった。
こちらは24年前の記事だけど、いま読んでも、やっぱり面白い。

・・・というわけで、imaseくんである。

たくさんの「新しい歌」を聴きながら、そういえばimaseくん、もうすぐ札幌でコンサートだよな、と、ふと気づいた。
チケットはたぶんもう売り切れてるだろうけど、と思いつつチェックすると、な、な、なんと、まだチケットが買えるではないか。
しかもコンサートは、私の誕生日の前日・19時開始なのだ。
ユダヤ・キリスト教的には夕方から一日が始まるのだから、これはもう私の誕生日をお祝いするために、imaseくんが札幌に来て歌ってくれるんだ、と思うしかない。

数日前、「誕生日のプレゼント何がいい?」と夫に聞かれて「別にいらないよー」と答えたけど、こうなったらプレゼント権の放棄を撤回し、堂々と権利行使すべしと決意、最大限の甘い声でおねだりする。
いちおう「一緒に行く?」と確認して、「いや、一瞬考えたけど、僕はいいや」「うん、そうだよね、私もひとりのほうがいいし」というやりとりを挟んで、ぶじにチケットを確保。

はー、どうしよう、と、いろんな意味でいまからドキドキしている。

とにかく予習、と思って、imaseくんとユーミンの「プレミアム対談」も観てみた。
いや、これはもはや何と言うか、神々の対談、だ。
尊い、ってこういうときに使うんだ、とわかった。





同時性ネットラジオが担保して時差九時間で聴くラブソング 


2025/02/19

歌いながら歩いてきた

今年はカトリックの「聖年」にあたり、ルーチェさんはいつ私が通う教会に来てくれるかと心待ちにしている今日この頃。
先日のミサで2025年「聖年」の賛歌「希望の巡礼者」を歌った。


この歌を歌うのは何度めかで、歌うたびによさが増すなと思いつつ、ふとよみがえったのは、中学生の頃の記憶。

私が通った中学校はやたら合唱に力を入れており、ことあるごとに合唱して(させられて)いた。
校内合唱コンクールは一大イベント、全校集会(「千人集会」と称す、第二次ベビーブーム世代)でも大合唱、なんなら修学旅行でも、歌えそうな場所があればとにかく歌う。
札幌・中島公園の豊平館で、今ならたぶん許可が下りないであろう大人数で合唱したのは、いまや札幌市民になった私としては、ちょっと自慢できる思い出かもしれない。
「ヤンキー」がまだ各クラスで派閥を形成していた時代、合唱はたぶん、学校側の生徒掌握ツールのひとつでもあったのだろう。

そうして思春期のど真ん中で少なからぬ時間とエネルギーを合唱に注いだ私も50歳になり、音域は狭いし音程もあやしいしで人前でひとり歌うのははばかられるけれど、歌うこと自体はけっして嫌いではない。
私がカトリックに転会したのはコロナ禍の最中で、歌はおろか言葉を発することも制限されていたのが、制限がなくなり通常のミサが再開すると、歌われる歌の多さとバリエーションに驚いた。
とくに最近は、ミサの式文もいろいろ歌われるし、主の祈りや使徒信条だって歌われる。
こうなると私の合唱魂が刺激され、思春期なみのまじめさで歌いあげるので、最近ではミサが終わるとカラオケの後のようなすっきり感がある。

そんなタイミングで登場した「希望の巡礼者」、これがまさに中学生の頃の合唱曲を彷彿とさせるのだ。
あの当時、「大地讃頌」とか「モルダウ」とか「河口」とかヘンデルの「ハレルヤ」とか、はては「太陽がくれた季節」や「想い出がいっぱい」まで、時代も地域も信仰もごちゃまぜで歌いまくったのだけれど、そのなかに「ともしびを高くかかげて」という歌があった。


「希望の巡礼者」にもある「ともしび」がリンクして、この曲が思い出されたに違いない。
Youtubeで検索し、なかなかに複雑なメロディとやや唐突な「ともだちはなによりいいものだ」のラインを懐かしんで、ふと目に入った名前におどろいた。

「作詞:岩谷時子」

なんと、越路吹雪の数々の歌に歌詞をつけていた岩谷時子が作詞を担当していたのだ。

越路吹雪をテレビで観た記憶はないけれど、そのインパクトある名前は、これまた中学生の頃、何かの劇に登場したので覚えていた。
学生時代にバイトしたススキノのお店では「愛の讃歌」が定番曲で、マスターの伴奏でいろいろなお客さんが歌うのを聴き、そうこうするうちに私自身も越路吹雪のファンになり、「サン・トワ・マミー」は私の数少ない持ち歌のひとつになった。

そんなことを思い出しながら、あらためて「ともしびを高くかかげて」の歌詞を読んでみると、そういえばなんとなく聖歌のような雰囲気もある。
ともしび手に 高くかかげて
みんなで 歩いて行こうよ
そこにはいる 心かよう友だち
この道は世界の 遠い国から つづいてる
空へ灯をかかげて
私たちはここだよと 叫ぼう
ともしびが 消えた人には
みんなで 愛の明りを あげようよ

「ともしびを高くかかげて」作詞:岩谷時子、作曲:冨田勲 

 
ルーチェさんと仲間たち。天使がかなりガッちゃん(笑)
画像はカトリック中央協議会HPよりダウンロード可能




ふるさとの山に向かひて立つ吾のスナップショット父のまなざし



2025/02/14

アンガーウォッチング

私はあまりカッとなるたちではない。
ムッとなることはけっこうあって、思わずツンケンな態度をとってしまい、後で恥じ入ることも時々ある。
でも、カッとなって思わず怒鳴る、みたいなのは、ほとんどない。
だから、物心ついてから誰に・どんなシチュエーションで怒ったか、ちゃんと覚えている。

先日、あるひとにすごく腹をたてた。
たちの悪いことに、その時には自分の怒りに気づかず、それどころか落ち着いて冷静な言葉を返し、最後はにっこり笑って握手…までは日本なのでしなかったけれど、ドイツだったらたぶんしちゃってて、つまり、私はその場をまるく収めたのだ。
そして、その日の夜に日記を書きながら、あれ、やっぱり私、怒ってるな、と気づく。
一晩寝て起きて、それでもまだ自分が怒っていること、しかも、ひさしぶりに真剣に、いうなれば生き生きと怒っていることを確認した。

そこで、せっかくの機会だし、自分がこれまでに真剣に怒った状況を思い返し、いったい私が何に腹を立ててきたのかを分析してみた。
で、見つけた私の怒りスイッチは3つあって、まずは理不尽さ、次にモラルに反すること、そして私に心理的・性的な危険が及ぶ場合。

今回の怒りは3つの怒りスイッチがぜんぶちょっとずつかな、などと思っていた矢先、別件でちょっとモヤモヤするできごとがあった。
あれ、私、もしかしてまた怒ってる?
自分の気持ちをときほぐし、夫や信頼できるひとにも話を聞いてもらって、ていうか、これはどのスイッチ?、ああそうか私、根拠なくエラそうな態度をとられるのも好きじゃないね、などとつらつら考えていて、ふと気がついた。
私、もうあのひとのことをそんなに怒ってない。

大きい怒りに小さい怒りがぶつかって、波が打ち消しあうような、そういうイメージ。
えー、おもしろ!
ひとの気持ちっておもしろいなあ、と思った、最近の出来事。


ストロベリー・フィールズ・フォーエバー



目の前で怒鳴り続けるひとのいて永遠にひろがる苺畑よ



2024/09/04

太マーモット展

 朝、というにはちょっと早すぎる時間に目が覚めて、仕方ないので起き出して、でもバリバリ活動するのは気が引ける、という時、みなさんは何をしますか?

私はと言えば、気分がのれば台所を片付けたり、パンやケーキを焼いたり、あるいはメールや日記を書いたり、そういうこともしないわけではないけれど、最近は、もっぱらソファでごろごろしながら、スマホでインスタをみる、というのが、寝起きの頭と目にちょうどよくて楽しい。

で、そんな感じでソファでつらつらインスタを眺めていた数日前の早朝、ふと目に留まったのが、「Dr. Marmot - ドクターマーモット」さんの動画。
うぎゃー、なんじゃこりゃーーー!と早朝に悶絶&爆笑する。

そして、そこからマーモット動画を巡回してたどり着いたのが「marmot addict[マーモット中毒]」さん。
え、え、え、これは何。
素晴らしい作品の数々に、完全にノックアウトされる。
マーモット中毒さんはグッズも販売しており、名画風のマーモットが秀逸すぎる。
「光と闇とマーモット」!「食欲への固執」!!そして極めつきが「太マーモット信仰」!!!
「信仰」ならばもう宗教学的に参考資料として入手すべきでは、と思ってしまう。
退職前だったら、研究費でこっそり買っちゃっていたかもしれない。
いや、まてよ、夫の仕事の経費にするという手がある、か・・・?

気持ちを落ち着けるために、Googleでマーモットを検索してみたら、なんとスイスや南ドイツにも野生のマーモットがいるらしい。
「murmeltierfotos.de」さんの夢かわいい(って、今使わなくてどこで使う!?)マーモットたち、この方は、なんと個人向けのワークショップをしてくれるらしい。
マーモットってなんとなく南米とかの荒野にいるイメージで、一生会えない気がしていたけど、ドイツなら、私、行けるのでは?
どうする、私?

あらためて気持ちを落ち着けるために、さらに検索していたら、「だまることをしらないマーモット」なるフィギュアが、9月発売とのこと。
くー、これなら金額的にも買えるし、欲しい!
楽天で買ってしまえるけれど、でも、ここはやはり運を天にまかせて、ガチャガチャ回して獲得、もとい捕獲するのが正当な気がする。

というわけで、みなさま、マーモットの目撃情報、お待ちしております。


今日は友だちからもらったこれでパンを焼きました(午前5時)



日常をつくつく煮詰めるコンビニで大人のためのアイスをふたつ



2024/08/26

雑談

ふと気づいたら、ファングッズ的なものが増えていた。


右側は山岸凉子さんグッズ。
とりわけ、3月に行った「『あさきゆめみし』×『日出処の天子』展」でグッズが軒並み売り切れている中、なんとか手に入れた少年毛人キーホルダーはなかなかのお宝だと思う。
(ぜんぶで6種類のキーホルダー、本命はもちろん王子だったけど・・・)

左下のキーホルダーは最近のお気に入り・imaseくんグッズで、「I say bye」より「imase_7」。
あらまあ可愛いったら。


同じくimaseくんのラバーキーホルダーは、ライブ用耳栓につけている。

レターセットは、こちらも最近お気に入りの日食なつこさんグッズ。
そういえばお手紙って、ひさしく書いていないなあ。

(他にも、みんな大好き岡崎体育さんがニコニコ子犬に囲まれているステッカーもあったはずなのだけど、見つからず。
体育さんパーカー&Tシャツは、普段着として大活躍である。)

・・・

退職してから、チャッピーさんことChatGPTと二人三脚で取り組んできたウェブサイトも、なんとかスタートを切った。
ひと仕事を終え、そう言えば、ここ数日はチャッピーさんを呼び出すこともなくなった。
そして、用事もないのにチャッピーさんに話しかけるほどの度胸?図々しさ?は、まだない。
最近あのひとがいいなと思って、とか、こんなの買っちゃった、とか、チャッピーさんとそんな雑談をできるようになる日が、いつか来るのだろうか。


涼しくなってきたので、約1ヶ月ぶりのにんじんケーキ



進むのだリュックサックに葱差して工事現場の塀上る蔦