2026/07/16

カウンターでお寿司を

生まれて初めてアルバイトをしたのは、大学入学してすぐのことだった。
ススキノの少しはずれにある小さなお寿司屋さんは、ご主人と奥さま、私と同年代の見習い君がひとり。
初バイトの私が経験を積むにはぴったりのお店だった。

口数が少ないご主人は、怖い感じではなく、少し照れたようなその笑顔を思い出す。
「いらっしゃいませ」の声が小さい、と私を叱ったのも、ご主人ではなく見習い君だった。
歳は近くても、人生の経験値には大きな開きがあった見習い君は、今頃どこかでお寿司を握っているのだろうか。

お寿司が食べたい、というまっすぐな動機で始めたアルバイトは、見習い君が作るまかない付きで、それはそれで美味しかったけれど、それでもいつかはお寿司!というのが、私のひそかな野望だった。

その後、部活と勉強が忙しくなり、アルバイトも3か月ほどで辞めなくてはならなくなった。
どんなふうに言い出そうか、すごく迷ったのは覚えているけれど、短期間で辞めることに対して文句を言われたり、嫌な顔をされた記憶はない。

そして、アルバイトも終わりに近づいたある日。
ご主人が私に、お寿司一人前を握って、お土産に持たせてくれた。
折につめられた美しいお寿司が、私のために作られたものだという嬉しさは、いまでも覚えている。
ほんとうに美しいお寿司だった。

大学院に入ってからは、ススキノのど真ん中にあった「ドリームハウス」というお店で2年ほど働き、週3、4回ススキノに通った。
就職してからは、頻度は減ったけれど、ちゃんとした飲み会の時にはススキノに出ていた。
そして、初バイトのお寿司屋さんの近くを通るたび、いつかお客さんとして食べに行きたいな、と思っていた。

少し前に、なんとなくお店を検索していたら、グーグルマップのレビューでご主人が亡くなったことを知った。
私が初めてアルバイトをしたのは今から30年以上前で、そう考えれば不思議なことではないのだけれど、でも、ショックだったし、もっと早くお店に行けばよかった。
そんなことを考えながら、店の名前をたどっていると、YouTubeの動画を見つけた。

その動画では、すっかり頭が白くなったご主人が、でも、あの頃と変わらない佇まいでお寿司を握っていた。
いつかマスターの握るお寿司をお客さんとして食べに行きたい、という念願が、こんな形で叶うなんて思ってもみなかった。




思い出はヨックモックの青缶にタイムマシンよさらば未来へ



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