2015/09/26

なつのおもいで


大きな仕事がとりあえず終わったので、ドイツですごした夏のことを書こうと思う。


〇脱出
ドイツに到着したのは7月30日、翌朝の気温はなんと6℃で、東京で沸騰していた頭も一気にクールダウンする。
そのあとドイツの気温もぐんぐん上がって、記録的な暑さになるのだけれど、家の中ではクーラーなしでも涼しいし、森や野原からの風は気持ちいい。
夜は9時過ぎまで明るいので、夕ごはんのあとに、裏の野原の真ん中にあるベンチに座って、夕焼けをみながらビールを飲むのがお手軽な贅沢になる。


〇プラハ
約1ヶ月の滞在のあいだ、プラハに1泊、アムステルダムに3泊の遠足をした。
プラハははじめてだったので、けっこう楽しみにしていた。
ところがプラハに着いたその日は、運の悪いことに今年1番の暑さとかで、石畳も壮麗な歴史的建築物も、なにもかもが熱をもち、まるで街ごと岩盤浴場のよう。
さらに、押し寄せる熱波のような観光客にあれよあれよと押し流される。
ガイドのおじさんが、チェコ語なまりの強いドイツ語で案内してくれる街角のそこかしこに、共産主義の影がちらつく。
中世以来の街並みと19世紀にその頂点をむかえた文化が、戦争とその後の共産主義支配によって蹂躙され、転換後も観光客と資本主義に蹂躙され続けている――それが、わたしの初プラハのイメージになる。
暑さと人の波から逃れるために飛び込んだ「コメニウス博物館」が、いちばんの収穫だった気がする。


〇アムステルダム
プラハとは対照的に、2回目のアムステルダムはがぜん印象がよかった。
今回のホテルは、中心部まで歩いて20~30分ほどのオフィス街にあり、部屋も思ったよりも快適でうれしい。
(そういえば、プラハのホテルも街はずれだったけど、なんと刑務所のすぐ隣で、部屋からは鉄条網に囲まれた牢獄が見えた)
市街地まで運河沿いを歩くと、右手には可愛らしいアパートが並び、左手を流れる運河にはボートハウスが優雅に浮かんでいる。

今回のアムステルダムの個人的なハイライトは、「ユダヤ歴史博物館」。古いシナゴーグの中に作られた「宗教」部門を隅から隅までじっくりと見る。
テーマごとに置かれているベンチにはめ込まれたモニター画面のメニューをタッチすると、ビデオが再生される。
古い電話の受話器の形をしたスピーカーを耳にあてて、インタビューや古い記録映像を鑑賞する。
何人ものひとの顔を見て、その語る言葉に耳を傾けて、ふと目をあげれば高い天井のブルー、壁の白、シルバーを中心とする豪華だけれどどこか落ち着いた展示品の数々。
なんとなく不思議な気持ちになる。
敬虔、ではない。でも、厳かな、とは言えるような。
そこにあるほとんどすべての映像資料を観て、それから「オランダにおけるユダヤ人の歴史」をテーマにした展示をひと通り廻って、そしてまた「宗教」の展示室に戻る。

博物館を出て歩いてすぐのところにあるシナゴーグも見学できる。
そのシナゴーグは今でも使われているとのことで、シナゴーグを取り囲む回廊の一室にある台所から、なにやらいい匂いがしてくる。

博物館でもシナゴーグでも、最初に音声ガイド用端末を渡されて、しかるべきプレートにその本体を当てると、説明が聞こえてくるシステムになっている。
シナゴーグでは説明文のようなものはほとんどなくて、目印のあるプレートに端末本体を合わせて、聞こえてくる説明に耳を傾ける、をくり返す。
そういうアクションで、展示されているもの、目に見えるものに、独特の親しみのようなものが湧いてくるのかもしれない。

そう、ひとりでそんなふうに一日を過ごしたら、たしかに親しみが湧いてきたのだ。
街とか、人とか、過ぎ去った時間が、わたしのどこかと重なっている。


〇動物
1ヶ月の間、いろいろな動物に出会った。
裏の畑には、つがいの野うさぎが住んでいて、お散歩のときによく遭遇した。
リスを見たのは、近くのお城に隣接した公園だっただろうか。

その公園にはつがいの黒い白鳥(黒鳥?ブラック・スワン?)が住んでいる池がある。
体は真っ黒、くちばしは真っ赤で、なんともモダンで優雅なのだけれど、ある日、とんでもない姿を見てしまった。
ベンチにすわってそのスワンを見ていたら、散歩途中の犬が登場して、そのスワンの方に近寄っていく。
スワン、逃げるかな、と思ったら、二羽がそろって長い首をぐっと水面に平行に曲げて、まるで「伏せ」みたいな姿勢をとって、その犬に向かって「ブエエエー」と鳴きはじめた。
というか、最初その音がスワンから出ているとは思わず、なにかのブザーかとあたりを見回してしまった、それくらいのすごい音量の機械音。
犬よりも私が飛び上がってしまった。
あれは、一般の白鳥にもできるワザなのだろうか。


〇散歩
そして、とにかく散歩をした。
家の裏手には、牧草やらトウモロコシやらが気ままに配置されている野原が広がっていて、車の通らない一本道がどこまでも続いている。
スーパーに行く時も、ちょっと遠回りして森の中に寄り道してみる。
ファンタジー城、という冗談みたいな名前のお城がある公園も歩いてすぐだから、お散歩しながらときどきフリスビーをして、放牧中のヒツジたちの注目を浴びてみたり。
そんなふうに、たくさん歩いて、深呼吸をして、体を休めて、そろそろ元気が出てきたかも、という頃に、帰国。

出発の日、あともうちょっといられたら、と思うくらいがちょうどいいんだ、と自分に言い聞かせて家のドアを開けたら、裏の畑にいた野うさぎが、わたしを見送ってくれた。



この空もならんで歩くこの道も願えば続くと野うさぎはいう

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